2023年8月18日金曜日

サテンのひみつ(5) 7枚繻子 ~知られざるラッキーセブン~

前回の5枚、6枚繻子に続き、今回は7枚繻子の世界をご案内します。

7枚繻子は、織物業に携わる人でもほとんど耳にすることはないマイナーな存在です。

しかしそこには、見落とされてきたお宝、サテンのラッキーセブンが眠っているのではないか?

人類はそれを見過ごしたままでいて良いのか?

それが今回のテーマです。

ちょっとだけ、これまでの復習

繻子織(朱子織)というのは、 このシリーズの第2回 で解説したように、組織図上で組織点「■」が互いに上下左右+斜めで隣接してはならない、各列・行に組織点は必ず一つ、という厳しいルールで作られた織物組織です。

このルールを満たす組織のパターンは、

サイズが5×5の5枚繻子では2種類(正則繻子)

サイズが6×6の6枚繻子では1種類(不規則繻子)しか存在しません。

このシリーズの前回では、それぞれの繻子織りの種類がどんな対称性を持つかをお伝えしました。

簡単にいうと、

5枚繻子の2つは鏡に映すと互いに入れ替わり

6枚繻子は1つだけでどんな回転・反転をしても元の形のまま

という性質です。



7枚繻子のすべてをご紹介

5枚、6枚では合わせて3種類しかなかった繻子織りパターンですが、7枚繻子では一気に10種類に激増します。

下の図に並べたものが、変則繻子も含む7枚繻子の全10パターンです。

(ただしこれまで同様、上下左右に平行移動して生まれるバリエーション違いを省きます)

7枚繻子には、次の図のように4つの正則繻子(2飛び、3飛び、4飛び、5飛び)と、6つの不規則繻子があります。



これが、この世界にある10種類の7枚繻子。宇宙の果てまで旅をしても、この10個以外には見つからないはずです。

この結果を導き出すために、シケンジョでは繻子組織パターンのあらゆる可能性を抽出するプログラムを作成し、この世に存在する10枚繻子までのすべての変則繻子をこれまでの研究で明らかにしました。

今回のように、変則繻子を含む全ての7枚繻子を網羅的に分類、整理して紹介するのは、もしかしたら世界初の試みかも知れません。

(先行事例をご存じの方がいましたら、お知らせいただけると幸いです)


7枚繻子の3つの対称性ファミリー

さらなる解析の結果、これら10種類の7枚繻子は、対称性によって①~③のまとまりに分類できることがわかりました。

 ①…正則朱子が4つ(2、3、4、5飛び)

 ②…不規則繻子が4つ(2245422飛び、2333244飛び、3544453飛び、2355553飛び)

 ③…不規則繻子が2つ(2332353飛び、2454454飛び

このまとまりを今後は対称性ファミリー」、あるいは単に「ファミリー」呼ぶことにしたいと思います。

これらファミリーは、対称性で結びつけられた家族のようなもので、回転や反転などの対称操作によって、互いに入れ替わる関係にあるまとまりです。

5枚繻子の2飛びと3飛びは鏡に映すと互いに入れ替わる対称性ファミリーです。

7枚繻子には、全10種類のパターンが3つのファミリーを構成しています。

このファミリーの相関図を次の節でご紹介します。

7枚繻子を全部織ってみました


実際に織った生地を使い、10種類の繻子パターン、3つのファミリーをご紹介します。

写真の生地はシケンジョの織機を使って、
 経糸=黒(50/2D 157本/inch)、緯糸=白(135/-D 90本/inch)
 Pe100%、軽口(ヨコ出し)で織ってみたものです。

まず1つ目のファミリーは、下のような4つの正則繻子です。
それぞれ形は違って見えても、反転、回転などの操作で互いに入れ替わる関係にあります。


2つ目のファミリーは、下の4つの不規則繻子です。
飛び数を見るとまったく関連がないように見えますが、これらも回転・反転によって互いに入れ替わる関係にあります。


3つ目のファミリーは、下の二つの変則繻子です。5枚繻子の2飛びと3飛びのように、回転・反転すると互いに入れ替わる関係です。



次に、対称性ファミリーという観点で繻子を見るときのポイントを紹介します。

[ 注目ポイント1 ]90度回転すると布の見た目が別物になる


同じファミリーの中でも、織物の場合は別物として扱わなければいけない場合があります。

例えば7枚繻子の2飛びと3飛びは、互いに90度回転したもの同士。

同じような構造に見えますが、写真の生地を見くらべると、右の方にだけ右肩下がりの斜線(繻子線)が目立っています



これはなぜかというと、経糸と緯糸で太さ・素材・密度が違っているためです。この写真の例のように、経糸と緯糸が異なるケースは織物の大多数を占めます。

同じファミリーの組織でも、90度回転すると経糸と緯糸の役割が入れ替わるので、見た目や構造が別物になってしまうのです

ひとつのファミリーの組織は、幾何学的な図形としては同じ原型から生まれたコピーのようなものですが、織物の場合、90度回転で入れ替わる矢印で結ばれたものは、同じファミリーのメンバーであっても別のものとして認識する必要があります。

[ 注目ポイント2 水平・垂直反転ペアは、左右対称になる


上の写真にある7枚繻子の3飛びと4飛びは、水平・垂直反転で入れ替わるペアです。このペアの繻子は、見た目が左右逆になりますが、生地の風合い・物性は基本的に同じです
(ただし糸の撚り方向による影響などで別物になる可能性もあります)

[ 注目ポイント3 変則繻子は、地紋風のパターンが生まれる



変則繻子は、繻子組織でありながら、組織点の分布に偏りがあるので、個性的なパターンの変化が楽しめます。

布に地模様が織られたものを「地紋」と呼びますが、変則繻子はそのまま地紋としてとらえることもできます。その使い道は色々と考えられそうです。

また、増点法によって組織点を増やした時にも、面白い地紋が生まれます。

今回はそれがよく分かるように、シケンジョで開発したデジタルジャカードの技術に7枚繻子を使ったものを織ってみたので、ご覧ください。

デジタルジャカードで7枚繻子











いかがでしょうか?
このデジタルジャカードのように、7枚繻子に増点法をつかったバリエーションで織ると、サテンでありながら、ヘリンボーンや梨地のようなテクスチャー感が生まれてくるのが分かります


7枚繻子はなぜ見落とされているのか?


7という数字は、ラッキーセブン、七五三のお祝い、1週間の日数、七つの海、七不思議など、私たちの生活の中ではどちらかというと身近でポジティブな意味で使われる数字です。

しかし最初に書いたように、織物の世界で「7枚繻子」が使われることはほとんどありません。

7枚繻子がほとんど使われない理由を、織機の基本であるドビー織機で考えてみます。

ドビー織機では、タテ糸を動かす機構である綜絖(そうこう)を何枚あるかによって、使える組織のサイズが決まります。それは、綜絖枚数が割り切れるサイズの組織です。

下の図は、様々な綜絖枚数で織れる組織のサイズの一覧をまとめてみました。


これを見ると、7枚繻子が織れる綜絖枚数では、枚数が多いわりに使える種類が少ないことがわかります。

この不便さが、7枚繻子がほとんど使われない大きな理由です。

ドビー織機より自由度の高いジャカード織機であっても、よく使われる最大リピート本数(口数)は960、1344、5760など、7で割り切れないものばかりです。


それでも「7が最適解」というときはあるはず


現在、5枚繻子の次に大きいサテンは8枚繻子、というのが織物組織サイズとして当たり前になっています。

それは、6枚は変則繻子しかない7枚は割り切れない場合が多い、という理由からです。

しかし、5では小さい、8では大きすぎるというとき、その中間の選択肢が実質的にないというのは、非常にもったいないことではないでしょうか?

5でも8でもしっくりこないときに、7を使えば解決したり、あるいは実現したい風合いを表現するのに実は7枚繻子が最適だった、というのは、十分あり得ることだと思います。

もし7枚繻子が最適解というケースがもしあるとしたなら、7枚綜絖、14枚綜絖にトライしたり、ジャカード織機では7枚繻子をリピート境界には使わないですむような柄にするとか、使う方法を試してみるべきではないでしょうか?

なにより、全幅ひと釜で織れる大口ジャカードだったら7枚繻子を使っても何も問題がないはずなのに、それでも7枚繻子が無視されている、というのは非常にもったいないことだと思います。

最後にもう一度、10種類、3ファミリーの7枚繻子をまとめて図で紹介します。



今回紹介した10種類の7枚繻子のなかから、知られざるラッキーセブンが見つかることを願っています!


2023年8月16日水曜日

『ミレーと四人の現代作家たち』と郡内織物産地

現在、山梨県立美術館で『ミレーと4人の現代作家たち -種にはじまる世界のかたち-』という企画展が開催されています。

その4人の作家のひとりとして、郡内織物産地ともつながりの深い山縣良和さんが展示を行っており、産地の工場で使われていた織機の現物などの展示のほか、シケンジョに所蔵する文献資料も作品の一部として展示されています。




会場の中央に備え付けられたのは、本格的なドビー織機。



型絵染め作家、小島悳次郎(こじまとくじろう)氏の作品をタテ糸捺染した経糸が織機にかかっています。タテ糸に柄をつけてから織るこの手法は「ほぐし織」といい、山梨では洋傘などに使われている技法です。ほぐし織は、19世紀末にフランスから伝わってきたといわれますので、ここにもミレーとの接点が見られます。

こうした織物づくりの現場の雰囲気が濃密にたちこめる空間に、ミレーの有名な絵画が、違和感なく、そっとそこにある。不思議な光景が広がっています。

姿見に映る女性(?)の肖像と、ミレー『ポーリーヌ・V・オノの肖像』。




ミレー『眠れるお針子』と、たくさんの色糸のストック。

ミレーは、お針子さんや羊飼い、農婦など、歴史に名前が残ることのほとんどない、普通の働く人々のつつましい姿を絵画の題材として選んだ作家でした。

そうした絵画には、ちりひとつないような美しい洗練された部屋ではなく、織物工場の織機や、工場に転がっている糸のコーン、さまざまな道具たちに囲まれているほうが、むしろ居心地が良さそうにも思えました。





この展示は、ミレーがコロナ禍ならぬ”コレラ禍”を逃れてパリからバルビゾン村へ移り住んだことと、山縣良和さんがコロナ禍を機会に主宰するcoconogaccoの展覧会の会場を富士吉田に移したこと、また同時期に長崎県の五島列島に惹かれて通っていたことが重なり合っているという着眼点をもとに作られたインスタレーションだそうです。

会場の中にいると、ミレーの描いたバルビゾン村、五島列島、富士吉田の織物工場、という3つの世界が重なり合った不思議な場所にいるような感覚を味わいました。


上の写真の文章にもあるように、富士吉田で聞いた「半農半機(はんのうはんき)」という言葉にも山縣さんは触発されたそうです。

会場の展示には、山縣良和さんが展開するアパレルブランド「writtenafterwards」とファッションとデザインの学校「coconogacco」という二つの世界も共存しており、富士吉田市内でここ3年間毎年4月に行われている展覧会『coconogacco exhibition 』で展示された作品もパッチワークされたように混ざり合って展示されています。


冒頭に書いた、シケンジョの資料はこちらにありました。

テーブルの上に資料を広げ、織物の企画や設計の仕事をしていると思われる謎の人物。彼が広げているのは、シケンジョが戦前から保管している資料です。

場所だけでなく、いくつもの時間が同時に流れているような展示空間。その一部にシケンジョが関われたのは喜ばしいことでした。




その他にもたくさんの展示物が縦横無尽に広がっており、一度には見切れないほどの情報量です。ミレーと山縣良和さん、バルビゾン村と富士吉田、工場と暮らし、19世紀~21世紀の時間と空間が混ざり合う異世界。この展示は写真ではなく、ぜひ現場で体験していただきたいです。





他の3人の現代作家さんの作品も、山縣良和さんのとはまた違った面白さがあります。ぜひ会期中に足をお運びいただければと思います!

[会期] 2023年7月1日(土)~8月27日(日)

[名称]『ミレーと4人の現代作家たち -種にはじまる世界のかたち- 開館45周年記念』

[主催] 山梨県立美術館、山梨日日新聞社・山梨放送


詳しくは公式サイトまで。

(五十嵐)