繻子織(朱子織)とも言われる「サテン」の秘密をさぐるシリーズ。
今回は、5枚繻子、6枚繻子について深掘りしようと思います。
5枚はともかく、6枚繻子なんて聞いたことがない?
いえいえ、6枚繻子は「変則繻子」ながら、山梨ハタオリ産地でもよく使われるものです。
シケンジョでは1年に1度くらいは「6枚繻子ってどういうのだっけ?」と機屋さんから電話がかかってきますし、以前ご紹介したやまなし縄文シルクスカーフでも、デジタルジャカード技術に6枚繻子が使われています。
今回は、タイトルにある「6枚繻子は1つしかない?」という問いについて考えながら、繻子織のバリエーションについてお伝えしたいと思います。
まずは下の図、2種類の5枚繻子と、6種類の6枚繻子をご覧ください。
5枚繻子は、見てのとおり2つの違う形があります。
しかし6枚繻子の方は6種類の違う形が描いてあるのに、なぜ「1つ」なの?という疑問が湧くのではないでしょうか?
結論から言うと、この6つは全て同じものです。
どうしてこれが同じなのか?ほかの種類の6枚繻子はないのか?
そんな疑問に答えるため、まず手始めに、5枚繻子が2つあるということを深掘りすることで、この問いの答えを探っていきたいと思います。
なお、組織図を描くときは、左下の角に必ず組織点「■」があるように描くことに統一しています。その角が組織点「■」ではないような切り取り方をした無数のパターンもありますが、それらは始めから除外していることを念頭においておいてください。
なお、組織図を描くときは、左下の角に必ず組織点「■」があるように描くことに統一しています。その角が組織点「■」ではないような切り取り方をした無数のパターンもありますが、それらは始めから除外していることを念頭においておいてください。
上の図は、5枚繻子の2つ、2飛びと3飛びを比べています。
薄いグレーで描いた「2飛び」の素地に載せると、当然「3飛び」の方はパターンが違うので、ズラしてもぴったり重ならないことが分ると思います。
ここで、この5枚繻子の2飛びパターンを、回転や反転などのいろいろな操作をしたときにどう変化するのか、実験をしてみましょう。
なぜ回転や反転をするのか?
織物組織は、繰り返しパターンの基本単位です。それは、タイルを敷き詰めるような繰り返し模様、タイリング、平面充填などと呼ばれるパターンの一種と見なすことができます。
タイリングできる平面図形には、左右対称や上下対称、回転対称、鏡映対称などのさまざまな種類の「対称性」による分類があります。
ここでは、対称性の分類に使われる手法をもとに、織物組織をただ羅列するだけではなく、パターン同士の関係を探ってみようと思います。
具体的には、左右や上下対称、回転対称、鏡映対称の性質を調べるための、「対称操作」という操作を組織図に対して行い、その操作のビフォーアフターを比べる、ということを行ってみます。
組織図への対称操作
それでは始めましょう。対称操作による組織図の分析です。
まずは5枚繻子2飛びを題材に取り上げて、下のような8つの操作を加えてみました。
ここで「鏡映」というのは文字通り鏡に映すような反転を意味します。北西軸、北東軸というのは、北を上にした地図上でそれぞれ北西、北東に向かう方向を鏡面とする反転を指すこととします。
上の図では、黒い■で描いた2飛びの原型パターンが、90度回転、水平軸鏡映、など色分けした操作によって変化した結果が、色別に描いてあります。
とはいっても、並んだ結果を見ただけでは違いがよく分からないので、操作の結果を、もともとの「2飛び」パターンに重ねてみてみましょう。
その結果、操作なし、90度回転、180度回転、270度回転では、元の2飛びパターンにピッタリ合致、つまり操作前後で形が変わっていませんが、それ以外の4つの鏡映操作では重なり合わず、違う形に変化したことが分ります。
その違う形とは、どんな形になってしまったのでしょうか?
今度は、同じ結果を「3飛び」パターンに重ねてみました。
そうすると、今度は垂直軸鏡映、水平軸鏡映、北西軸鏡映、北東軸鏡映という操作を行った結果が、3飛びにぴったり重なります。
つまり4つの鏡映操作の結果、「2飛び」だったものが「3飛び」に変化していた、ということが分ります。
まとめると、次のようになります。
このように5枚繻子の2飛びと3飛びは、それぞれを90度単位で回転させても変化がないけれど、鏡に映すような反転を加えると、2飛びと3飛びが互いに入れ替わる、という関係にあります。
6枚繻子は1つしかない?
それでは今回のテーマ、6枚繻子ではどうでしょうか?1つしかないとはどういうことか、見ていきましょう。
同じように操作した結果生まれたパターンを、元の6枚繻子に重ねてみます。
そうすると、すべての結果が元の形に合致します。つまりどんな操作をしても形の変化がないことが分りました。
これにより、223443飛びの6枚繻子は、回転、鏡映操作をしても、形が変化しないということが分ります。
また6枚繻子には、223443飛びという並びしか存在しないことが、計算からも分かっています。
つまり、6枚繻子は1つしかないのです。
でもここで「最初の図では、いくつも違う形があったじゃない?」と思う方もいらっしゃると思います。
こんな風に、最初の図で示した6個の6枚繻子は、見た目こそ違って見えましたが、実はすべて同じ飛び数の並び方をしていて、「どこを切り取って見るかだけの違い」だったのです。
このように、90度回転、180度回転、270度回転、垂直軸鏡映、水平軸鏡映、北西軸鏡映、北東軸鏡映という全ての操作を経ても形が変わらず、また、ただ一つの繻子織しかバリエーションがない(しかもそれが変則繻子)というのは、この世界には6枚繻子しかありません。
5枚繻子もまた特別です。サテンのルールを満たす最小の枚数(サイズ)であり、また2飛び、3飛びという、「正則繻子」しかバリエーションを持たないのも、この世に5枚繻子ただひとつしかありません。
7枚以降の残りのすべての枚数の繻子織は、必ず「正則繻子」と「変則繻子」を併せ持っています。
次回は、7枚繻子以降の世界がどうなっているか、探っていきたいと思います。
このシリーズ、前回は2016年の秋だったので、なんと6年半ぶりの再開でした。
次回はもっと早くお送りしようと思います。お楽しみに!
ここからは余談です。
今回の結果は、デジタルジャカード技術の研究開発をするなかで得られた副産物的な知見をもとにしています。
その研究の中では、様々な大きさの繻子織パターンについて、どんなバリエーションがあり得るかをプログラミングにより解き明かし、その関係性を探るプロセスがありました。
今回行った90度回転、鏡映などの操作は、専門的には「対称操作」と呼ばれるものの一部です。
対称操作にもとづく平面図形の分類は、タイルや装飾のパターンの元になっていて、イスラム寺院のアラベスク装飾や、エッシャーのだまし絵などにも活用されています。
図形の対称操作では、回転には120度回転、72度回転など、360度を整数で割った90度以外の回転操作も考慮していますが、織物組織の場合、経糸と緯糸が90度で交わっている構造体なので、ここでは90度単位のみとしました。
化学では、こうした対称性は結晶や分子構造の分類を行うためにも必須のものです。
例えばアミノ酸にも、鏡に映した双子のような関係の右型、左型があります。これは5枚繻子の2飛びと3飛びの関係に似ています。このような鏡像関係のことをキラリティ、またはカイラリティとも呼びます。
数学では、「5枚繻子が2つあり、回転では変化しないけれど、鏡映では入れ替わる」というような今回の分類は、「点群」という概念で論じられ、「群論」という高等数学の分野になります。
わたしたちの身の回りには、様々な対称性が潜んでいます。
興味のある方はぜひ調べてみてください。
(五十嵐)