その良さを陰で支えているのが、「撚糸」です。
今日は、糸の撚り、「撚糸」にスポットを当ててご紹介したいと思います。
糸というのは、ふつう撚られた繊維の束でできています。
これに対して、1本だけの繊維でできている釣り糸のような糸は
特別に「モノフィラメント」といいます。
この投稿では、沢山の繊維でできている糸の撚りをテーマに、
撚りにはどのような種類があるのか?
撚ることで繊維はどうなるのか?
特に、上撚り(うわより)と下撚り(したより)(←あとで説明します)の関係は
実際のところ、どうなっているのか?
…ということについて、縮尺を100倍くらいにした糸の模型の写真でご説明したいと思います。
1.S撚り と Z撚り
まず、無撚、S撚り と Z撚り での3つをご覧ください。
まったく撚られていない無撚の糸はバラバラになってしまうので、
ふつうはこのままで織ることはできません。
撚りには、S撚り、Z撚りの2つの向きがあります。
「S」、「Z」はなにかの頭文字ではなく、アルファベットの形から来ています。
「S」、「Z」それぞれの中央にある斜めの線が、糸のねじれと一致しているのがわかりますか?
鏡に映すと、Z撚りと同じになります。
こうした二つの関係は、鏡像対称性をもつ、と表現されます。
S撚り と Z撚り は、英語でも s twist、z twist と呼ばれます。
世の中には、糸以外にも、さまざまなS撚り、Z撚りがあります。
* DNAは大多数がZ撚り (まぎらわしいことに、「Z-DNA」という種類のDNAはS撚り)
* ボルト(ねじ)はほぼすべてがZ撚り
* つる植物の フジはS撚り 、ヤマフジはZ撚り
* 床屋さんのサインボード(赤白青のらせん)はほぼZ撚り
繊維の束を、二本合わせて撚るときには、S-Zのほかに、
片撚りと諸撚りの2種類の区別が生まれます。
無撚の糸を複数本合わせてから撚ったものが、片撚りです。
下の写真は、片撚りのS撚りを示しています。
上の写真では、2本の糸を撚り合わせていますが、撚ったあとでは、
2本の糸でできていることは分かりません。
これが片撚りです。
たとえば絹糸の「21中6本片(にじゅういち なか ろっぽん かた)」、
略して「21の6片(にいいち の ろっかた)」という糸は、
約21デニールの太さの絹糸が無撚のまま6本合わされてから片撚りされていることを意味しています。
21の6片の糸は、よく調べてみても元々の6本に戻すことは不可能です。
糸の重量を調べて、21中×6本くらいに相当するときに、
「これは21中6本片ではないか?」、と推測ができるだけです。
次の写真は、諸撚りです。
まず、それぞれをZ撚りしたあとで、S撚りにしています。
この場合は、撚ったあとでも、もともと2本の糸でできていることが分かります。
このとき、最初のZ撚りを「下撚り」 と呼び、2本合わせて撚ったS撚りを「上撚り」と呼びます。
3.下撚りと上撚り (したより と うわより)
一般に、下撚り を 「Z」 にしたとき、上撚りは逆に「S」 にします。
同じように、下撚り が 「S」 だったら、上撚りは「Z」 です。
ヤマナシ産地では、下撚り が 「Z」 、上撚りが「S」 のことが多いですが、
他の産地では、逆の「S」 →「Z] パターンが普通だそうです。
では、下撚り も上撚りも、同じ撚り方だったらどうなるでしょうか?
そこで、「Z」 →「S」 ではなく、「Z」 →「Z」 で撚ったらどうなるかを実験してみました。
左は通常の「Z」 →「S」 ではきれいな二重螺旋になっています。
しかし右側の 「Z」 →「Z」 では、捩れて収縮してしまいました。
この結果から、
「Z」 →「S」 では、反対側に撚ることでバランスがよくなり、
「Z」 →「Z」 では、同じ方向に撚ることで、過剰な撚りが掛かってしまうことが分かりました。
3.下撚りは上撚りで打ち消されるのか?
ここでふと、疑問が生まれました。
2本合わせて上撚り「S」 としたとき、もとの下撚り「Z」 の回転は、どうなっているのでしょうか?
打ち消されて、下撚りが消えてしまっているのか?
あるいは、下撚りは残ったままなのか?
これを調べるために、上撚りと下撚りを同じ撚り数で作った諸撚りの模型を使って、
2本ある下撚り「Z」 の糸のうち、片方の糸をカットする実験をしてみました。
左端の赤/灰色の諸糸は、下撚り[Z]を2本あわせて上撚り「S」で撚って作ったものです。
2本の下撚り[Z]のうち、赤い方の糸をカットしてから抜いてみると、
なんと灰色の下撚り[Z]は撚りが消えてなくなり、無撚になっていました(右端)!
拡大してみてみましょう。
確かに、無撚です。
この実験では、下撚り「Z」 を3.5回転、上撚り「S」 も同じ3.5回転で撚りました。
つまり、下撚りと上撚りが同じ回転数のとき、
それぞれの下撚りは解撚(かいねん)されてゼロになっていたわけです。
では、下撚り「Z」 の回転はどこへ消えたのでしょうか?
上の写真のように、上撚りをされたとき、
それぞれの下撚りの回転は、じつは互いの二重螺旋の構造に変化しているのです。
変化しただけで失われているわけではないので、
下撚り「Z」は、上撚り「S」で打ち消されますが、二重螺旋の形で保存されます。
逆に上撚り「S」を解撚(かいねん)すると、二重螺旋は消えますが、下撚り「Z」が再び現れます。
ふつう、上撚りの回転数は、下撚りよりも何割か少なくします。
そうすることで、上撚りをかけたあとも、下撚りが少し残ることになります。
例えば、こんな感じです。
下撚り「Z」が900 T/m の糸2本を 上撚り「S」を 600 T/m で撚った場合のイメージです。
(※ T/mは、1メートルあたりの撚り数(Twist)を表す単位です)
このとき、先ほどの実験から、
下撚り「Z」は、上撚り「S」によって打ち消されて、300 (= 900 - 600) T/m になる
という計算ができます。
300 (= 900 - 600) T/m の下撚り「Z」は2本合わせると 600 (= 300 + 300) T/m 。
これは、上撚り「S」 600 T/m の二重螺旋とちょうど同じ数になっています。
糸の素材などの条件にもよると思いますが、おそらく
上撚りと下撚りのバランスは、このようにして成り立っているものと思われます。
今回の実験では、赤い方の糸をカットして抜くことで、
灰色の無撚の糸 が残る様子を見ることができました。
カットするのではなく、赤い方を水で溶ける水溶性ビニロンの糸にして、
あとで溶かすという方法ではどうでしょうか?
そうすると、あとには無撚の糸が残るはずです。
これが、水溶性ビニロンを一方に使った諸撚りの糸で織り、
あとで片方だけ溶かして無撚(あるいは甘撚り)の糸だけが残った生地を作る、
というテクニックです。
「撚りのひみつ」、いかがだったでしょうか?
今回のシケンジョテキは、シケンジョ職員同士の会話のなかで
「あれ? どうなんだっけ?」という疑問が持ち上がったのがきかっけで
生まれた実験を元にしてお送りしました。
(五十嵐)