見せたい糸を表に出し、見せたくない糸を裏に隠す、という操作ができる、ということでした。
今回は、この操作がまさにドラマチックに行われる織物、ジャカード織物のお話しをしたいと思います。
今回のテーマは、名付けて「ジャカードという名の劇場」です。
ここでは「ジャカード織機の仕組みがどうなっているのか?」ではなく、ジャカード織機は「何をする為に生まれた織機なのか?」
という視点でフォーカスを当てていきたいと思います。
ジャカードという名の劇場
それでは、まずジャカード織物の作品を見てみましょう。
そのなかの松竹梅シリーズの<松>です。
プリントではなく、場所による見える糸の色と織り方の違いで柄が描かれた、典型的なジャカード織物です。
場所によって織り方を変えることで、柄の中に織り方や見える糸が違う、いくつもの異なる「エリア」の組み合わせが生まれ、それが柄になっています。
「エリア」とは、ここでは「松」や「鶴」の形をした柄の領域で、まるで国ごとに塗り分けられた世界地図のように、その領域内が同一パターンで織られている場所ととらえてください。
このGOSHUINノートでは、「エリア」ごとに、主役となる糸が次のように変化します。
これらを表形式で整理すると、次のようになります。
それぞれの柄のエリアで、主役の糸たちが表からみて一番に目立ち、助演の糸たちが主役を引き立てるように活躍しているのが、おわかりでしょうか。
次に、織物の話はいったん置いておいて、誰もが一度はその名を聞いたことのある名作「ロミオとジュリエット」を見てみましょう。
そのストーリーの一部分を抜き出して、場面と登場人物をまとめた図解です。
※図中のセリフ・文章やイラストは文献等をもとに創作したオリジナルです。
劇作家であるシェイクスピアは、ロミオとジュリエットの物語を綴るために、上の図のようないくつもの「場面」を作り上げ、時系列に並べて組み合わせました。
物語全体を通しての主役はもちろん、ロミオとジュリエットですが、それぞれの場面では、場面ごとの「主役」がいて、主役を助ける助演の役者もいます。
「場面」と登場人物を、表形式で整理すると次のようになります。
「場面」が、その場面の主役となる役者が登場して演技をし、時間経過とともに、場面と、その場面の主役たちが移り変わっていきます。
こうしてみると、ジャカード織物の「GOSHUINノート」と、芝居の「ロミオとジュリエット」が、まったく同じ形の図解で説明できることがお分かりでしょうか?
芝居では、「場面」がいくつも組み合わされて、ひとつの意味のある「物語」が紡がれます。
織物では、柄の「エリア」がいくつも組み合わされて、ジャカード柄の「テキスタイル」が生まれます。
このように、ジャカード織物は、舞台で演じられる芝居に、とてもよく似ています。
芝居では、劇作家が「脚本」を書き、「役者たち」が脚本にもとづいて「物語」を演じます。
織物では、テキスタイルデザイナーや職人が「紋紙」を作り、「色糸たち」がそれに従って「柄」を描き出しています。
上の写真にある、穴の開いたボール紙の束、ジャカード織物の「紋紙」。
実はこれは、芝居の「脚本」と同じ役割を担っているのです。
実はこれは、芝居の「脚本」と同じ役割を担っているのです。
芝居以外では、交響曲と楽譜、楽器、演奏者などとの比喩もできそうですね。
ちなみに織物設計では、「メートル表」と呼ばれる、場面ごとの糸の役割を表にまとめた、さきほどの表とほぼ同じようなものが実際に使われています。
主役を決める白黒大小、軽重浮沈
劇作家が、場面ごとに誰かを主役にするには、脚本のその場面に、登場人物の名前を書き、主人公に必要な分量、内容のセリフを書きます。
では、テキスタイルデザイナーが、エリアごとの主役の糸を決めるには、どうすれば良いでしょうか?
あるエリアでそのヨコ糸を主役にしたかったら、そのエリアでは大きくて白い、軽い組織を使って、ヨコ糸を浮かせれば良いわけです。
タテ糸を主役にしたければ、今度は大きくて黒っぽい、重い組織にして、そのエリアのヨコ糸を沈ませます。
ジャカード織機とは、自由な形状のエリアごとに、こうした操作を可能にするために生まれた織機です。
ヨコ糸1本織るときにも、いくつものエリアがその直線状に並ぶことがあります。
「エリアAでは重い組織、エリアBでは軽い組織、エリアCでは一番軽い組織」、というように、エリアごとに違う組織を割り当てられるのが、ジャカード織物です。
上の写真は、ジャカード織物の一例です。
画面の横方向が、ヨコ糸の向きになっています。
青いヨコ糸を、横方向(←→)にたどっていくと、ヨコ糸が浮いているところ、沈んでいるところが複雑に並んで柄ができているのがわかると思います。
ジャカード織機は、ヨコ糸1本が織り込まれる「ガシャン!」という一瞬の間に、エリアごとに、こうしたヨコ糸の浮き沈みの違いをもたらす織物組織を作り出せるのです。
下の写真のジャカード織物をご覧ください。
花びらや葉っぱの模様のそれぞれのエリアで糸たちが「主役の私を見て!」とばかりに、華やかにその色彩を競い合っているように思えませんか?
まさにドラマチックな糸たちの活躍で、複雑な柄を描き出すのが、ジャカード織物。
「ジャカードという名の劇場」というタイトルに込められた意味が、そこにあります。
芝居では、たった役者一人がいくつもの場面を演じる一人芝居がありますが、
織物と芝居の違いとしては、織物には必ず、タテ糸とヨコ糸という、最低でも二人の役者が必要なことが挙げられます。
また織物は、役者の演技にあたるのは、糸たち相互の位置関係なので、織り上がったテキスタイル全体のドラマを味わうためには、一瞬、一目見るだけの短い時間があれば可能です。
しかし芝居では、役者の演技は、動きや声という、時間経過を伴う情報で作られているので、それを鑑賞するには、同じだけの上演時間が必要になる、という違いがあるのも面白いところです。
もちろん織物の製造中には、糸たちが相互の位置関係を形作る過程を時間経過とともに見ることができます。
ぜひこれは工場見学で鑑賞していただきたいと思います。
[補足]ドビー織機で作る織物は?
エリアごとに違う組織を織るジャカード織機に対して、どの部分でも同じ組織を織るのが、ドビー織機です。(織機の仕掛けによって違う場合も多々あります)
ジャカード織物が「ロミオとジュリエット」のような芝居に例えられるとしたら、ドビー織機で織ったものはなんでしょうか?
これ以降の話はちょっと難しいかも知れませんので、[補足]としてお伝えします。
作られた生地がまったくの無地だったり、「エリア」ごとの織り方の違いがない織物だったら、それは芝居に例えると、場面転換のない一幕だけの作品といえるかもしれません。
しかし実際には、ドビー織機でも「エリア」ごとに織り方が違う織物、つまり芝居でいう場面転換のある織物は可能です。
生地をタテ糸方向(↑↓)にたどって行った場合なら、ドビー織機でもある地点から別の組織に変えることで、ボーダー状の「エリア」は簡単に作ることができ、エリアによって主役や助演の糸が入れ替わる複雑な織物を生み出すことができます。
そういう意味では、ドビーとジャカードに本質的な違いはありませんが、今回の講座では、より自由な柄でドラマチックな糸の競演を表現するために生まれた「ジャカード」を中心にしてお伝えしました。
同じ脚本でも、役者が違えば別の作品が生まれるように、同じ紋紙でも、糸の素材や色が違うと、別のテキスタイルが生まれます。
こんどジャカード織物を手に取る機会があったら、糸たちが場面ごとにどのように役割を演じているか、そしてテキスタイルデザイナーが、場面の積み重ねと糸たちの演技をとおして、どんな物語を伝えようとしているかを、観賞してみてはいかがでしょうか?
(おまけ)『ロミオとジュリエットの』キャラクター達。
せっかく描いたけれど、出番のなかったキャラクターもいたので、ここにおまけとして載せておきます。
だんだん、織物に使われる糸たちを擬人化したもののように思えてきました。
(五十嵐)