2012年7月2日月曜日

丸藤葡萄酒セミナー

最近いたるところで、ブランディングという言葉をよく耳にします。
ここ郡内織物産地でも今まで受注生産しかやってこなかった機屋さんが自社ブランドを立ち上げたり、工場自体を一般に開放して工場そのものをブランディングしていく動きなど、ブランディングという言葉が活発に飛び交っています。
では、いったいブランディングとは何なのか?
シケンジョではこのブランディングという、漠然とした課題に対して産地企業さんと様々な試みをしてきました。
その一環のなかで、先日6月14日に行われたのが丸藤葡萄酒工業株式会社のワイナリーでのセミナーです。
ワインも織物と同じように、山梨の代表的な地場産業です。
ワイナリーは、織物同様に小さな規模の工場も多いですが、自社工場のブランディングという観点で動き出したのはワイン産業の方が早かったといえるでしょう。

たとえば今回訪問した
丸藤葡萄酒工業では、かつてワイン生産の下請けを主にやっていた業態から自社ブランド「ルバイヤート」を立ち上げ、下請けから自社商品の卸しメインの業種転換を果たしてから、もう数十年がたっています。
そんな山梨県産ワインのブランディングにおいてパイオニア的存在の大村さんにお話を伺おう、ということで今回のワイナリーでのセミナーが開催されたました。


まず、ワインの原料である畑へと、機屋さんたちを引き連れぶどう畑へ向かいます。
畑では、よりよいワインをお客 さんに届けるためにぶどう栽培の研究を重ねている大村さんのお話しに、皆大きく頷きながら聞いていました。土のことや、根の生え方、枝の打ち方、そしてワインづくりに かける生産者の情熱など美味しいワインの裏にあるストーリーを知ることで、ワインの世界に引き込まれていくのを感じました。










周囲には、一面のブドウ畑が続く甲州ならではの風景が広がっています。


「人の手が入っていない大自然の緑も美しいけれど、 生産する緑はもっと美しい。人の営みが見える緑の方が好きですね」


大村さんは、ブドウの若葉で緑に染まった盆地の風景を愛おしそうに眺めながら、こう続けます。


「ワインは風土の産物。風土を映しこまないといけないんですよ」


参加者は、大村さんのそんな言葉を聞きながら、それぞれの織物づくりに思いを馳せます。
ワインと同じように畑から糸を作るのはちょっと難しいです。
では織物は、何を織りこんでいけばいいのだろうか?
 
次に向かうは、ワインの生産現場!!
一年のうちに一回しか収穫することができないぶどうの実をワインにしていく作業の話を伺います。


赤ワインと白ワインの作り方の違いや、品種の違いによるワインづくりの製法の違い、あえてぶどうのカス(澱)と一緒に発酵させることで、ワインに複雑な味わいを移すシュール・リー製法の工程など、様々な経験をふまえてのお話は臨場感たっぷり。


またこの半地下の貯蔵庫では、25年前から年に1回、桃の花で勝沼や甲府盆地が覆われる季節に蔵の中のコンサート、通称「蔵コン」を開催しています。
1日で終わってしまう蔵コンの会場を作るために、蔵の中の貯蔵ボトルは1週間かけて外に移動しているそうです。
大変な作業量!
それでも来た人が喜んで帰る顔を見ることがはげみで、続けているとのことです。


大村さんは、生産現場であるワイナリーに人が来てくれることを、とても大切に考えています。
本来、良いワインを作ることだけでも精一杯の小さな工場です。
見学コース作りやコンサート開催まで準備するのは社員さんたちにも大きな負担。


「そこまでしなくても」と思わずこぼす社員の声に、大村さんは
「何を言ってるんだ、ワイナリーに来た人はすごいんだぞ!」と切り返すとのこと。
わざわざ足を運んでくれること、作り手の現場を見たいと思ってくれる気持ちが、
ブランドを支えてくれていることを、大村さんは肌で感じているからだと思います。
客員研究員の鈴木先生が、「ブランドづくりは、モノを作ることより、ファンを作ること」とつねづね口にされていることを思い起こします。

















ひととおりワインづくりの知識が頭に入ったところで、丸藤葡萄酒の歴史資料がきれいに陳列されている見学路に向かいます。


ここは大村さんがお客さんに自社ブランド「ルバイヤート」の歴史やワイン作りのことを知ってもらうために手作りで作った見学コースです。


最初は毎日の蔵の掃除から始まった話や、キレイにしようと塗ったペンキが空間と合わずに塗り直した話など、ここまでたどり着くまでの悪戦苦闘を話していただきました。




また、この見学路は何十年も使われてきた貯蔵槽を改造したものなので、壁にはワインの成分が結晶化してできる「酒石」で壁一面がキラキラと光り輝いています(上の写真) 。
またさりげなく置いてあるライトなどステンドグラスが気持ちいい空間を作り出していました。

こちらもお手製!試飲室!!
机や棚は古いワインの樽から出来ており、随所に大村さんのこだわりを感じることができます。お金をかければ素敵な空間作りはできるのですが、お金をかけずにコツコツと作っていくことで、こんなにも素晴らしいおもてなしの空間ができることに感服です。





濃密な見学を終え、いよいよセミナーが始まります。テーブルの前には先ほど見学した一連の歴史と工程を踏んで生まれてきたワインたちが並び、大村さんが順序よく出してくれます。
ワインづくりのストーリーを知った一同はワインの味に舌つづみを打ちながら、芳醇なワインの味の裏にある価値までもを感じているようでした。
セミナーでは大村さんが今の自社ブランドを立ち上げるまでに経験したことを中心に話していただきました。当時受注生産が主であったワイン業界は、今の繊維産業と同様に海外の製品が入ってくることで、大打撃を受けたこともあり、大村さん自身ももうだめかも知れないと思ったこともあったそうです。
しかし他社(海外ワイン)に負けないためにはどうすればいいか、と考えた結果、「他のワイナリーと同じことをやっても仕方がない。どうせなら誰もやったことがない『垣根栽培』にも挑戦してみよう」と思い直し、大村さんのチャレンジが始まったそうです。そして自分自身の独自路線を作ること、この土地でしかできない唯一無二のもの作りをすること、ワイナリーに来たお客さんを精一杯もてなすこと、というルバイヤートのスタイルが生まれました。
それから二十数年、ルバイヤートのワインは国産ワインコンクールでも金賞を受賞するなど、高い評価を受けるワインに成長してきました。


また、ワインづくりはその土地から離れられないので、ブランディングにはその地域の魅力をアップすることも重要です。
「土地に住んでいる人が、自分でその価値を高めるしかない。よく、『わが町の駅にも急行を停めてくれ』と陳情するような話を聞くけれど、そうじゃない。黙っていても急行が停まるようにしていくことが大事なんです」と大村さんは話してくれました。


ただ100年後に「山梨と言えば美味しいワイン!」と人々から思われるよう、コツコツと自分のワイン作りを進めることが、自社のブランドを伸ばすだけでなく、地域全体のブランディングになっていく、そんな大村さんの哲学が参加者の胸を打ちました。


今では山梨県産のワインがいろいろなレストランや食卓に並ぶようになっていますが、 このことも山梨に大村さんの様な思いを持ってワインづくりに向かった人達がいたからこそ、だったのだな、と知りました。

セミナーが終わると、われ先にとほとんどの人がワインのお土産を買って行きました。
セミナー参加者は、最初に素材の生産現場である畑を見て、次にワインの醸造現場で学び、生産者の熱い思い、そして歴史を聞くことで、そこには値段を超えた価値を感じていたことと思います。
これこそがブランディングということではないでしょうか?
ブランディングとは、いいものを作ることだけでなくく、それを伝えるためのツールをどれだけ持ち、モノを介して、人をどれだけ満足、感動させられたかなんだなと深く思いました。
ワインと織物、まったく違う商品ですが、ブランディングという面からは驚くほど共通した部分があり、たくさんのことを学べた一日でした。


(高須賀・五十嵐)