共同研究で生まれた特許技術を用いた、(株)槙田商店による新商品、
晴雨兼用傘「こもれび」が誕生し、発売が開始されました!
今回のシケンジョテキでは、
「こもれび」につかわれたデザイン&技術の秘密について
解説したいと思います!
上の写真では、「こもれび」にジャカード織で描かれた木漏れ日(傘:左側)と、
地面に落ちるホンモノの木漏れ日(地面:右側)を比べてみました。
ご覧のように、「こもれび」のデザインは、木の葉そのものではなく、
木の葉の影がモチーフになっています。
デザイン&技術上の第1のポイントは、これがプリントではなく、
2色の色糸を使って、ジャカード織で織られた柄だということです。
このことがよくわかる例をご紹介しましょう。
下の写真をご覧ください。
見ていただきたいのは、A と B の違いです。
A では、暗い背景のなかに、明るいグリーンが浮かび、
B では、背景のグレーよりも、グリーンのほうが暗く見えています。
この「こもれび」傘のデザインは、たて糸(グレー)と よこ糸(グリーン)の
色の違いと、織り方の違いで表現されています。
しかしそれぞれの色の見え方は一定ではなく、
A と B のように変化がもたらされます。
A と B のように変化がもたらされます。
このように見る角度の違いによって、明るさや色調が変化する性質は、
光学異方性と呼ばれます。
ジャカード織の傘では、プリントとちがって、この効果によって、織り柄に光沢や色彩が変化する美しさが加わります。
ちなみにこの効果は、異なる色に染めた糸で織られる
「先染織物」のうち、特にシルクやポリエステルなど
「長繊維」を使用した織物で顕著になります。
※長繊維…フィラメントともいう。短い繊維(数~数十センチ)を撚り合わせた綿や、麻、ウールなどの短繊維(スパン)に対して、数百~数千メートルなど長い繊維を引きそろえて作られた糸のこと。
傘をクルクルと回したとき、色がきらめくように変化する効果。
プリントでは表現できない、先染めジャカード織物ならではの美しさが
「こもれび」のデザインには活かされているのです!
デザイン&技術上の第2のポイントは、「ぼやけた柄」です。
光源である太陽は、「点」ではなく、面積をもっているため、
木の葉の影というのは、地面から離れるほど、ぼやける度合が増えていきます。
そして木の葉はいろいろな高さに生えているので、木の葉の影には、
いろいろなぼやけ方が混ざって見えることになります。
そのため、木漏れ日の影をモチーフにデザインしようとすると、
自然にぼやけさせた柄ではないと、影っぽく見えない、というわけです。
しかし!
ジャカード織でぼやけた柄というのは、
これまで再現することが困難とされてきました。
そのため、ジャカード織では輪郭のハッキリしたモチーフで
デザインされているのがふつうです。
下の写真は、輪郭のハッキリしたモチーフでデザインされた傘と、
「こもれび」傘との違いがわかるよう、並べてみたところです。
手前の美しいモノトーンの柄は、
スウェーデンの誇る伝説的なテキスタイルデザイナー、
スティグ・リンドベリ(Stig Lindberg) のプリント柄を
槙田商店が得意とするジャカード織の技術で再現した傘です。
完全に白と黒、ツートーンのみで構成されたデザインです。
一方、奥にある「こもれび」は、ハッキリした輪郭線は全くなく、
グラデーションだけで構成されたデザインです。
上でも書いたように、このようなぼやけた柄は、これまでジャカード織では困難でした。
次に、なぜそれが困難だったのか、また、それをどのような技術で
実現したのか、簡単にご説明しましょう。
「こもれび」のデザイン・技術上の特徴1、2を振り返って一行でまとめると、
①2色の糸だけを使って、②自然なグラデーションをどう織るか?
ということが技術的な課題になります。
次の画像は、「こもれび」のデザイン画の一部です。
グレースケール画像(白~灰色~黒を256段階で表した画像)で作られています。
これを、織物の織り方をあらわす「組織図」に変換してみます。
組織図は、2色の糸が互いにどう交差するかを、
2色(たて糸が上=黒、よこ糸が上=白)で示したものです。
上の画像では、白~黒の変化を段階的に変化する織り組織の違いであらわす、
伝統的な手法「増点法」を使っています。
しかし、7段階しかないので、段差が目立ってしまい、
残念ながら自然なグラデーションになっていません。
これでは失敗です!
次の画像は、印刷などの画像処理で使われる「誤差拡散法」を使ったものです。
さっきの例に比べて、段階が自然なグラデーションになっているように見えますが、
これはどうでしょうか?
残念ながら、失敗なんです!
なぜかというと、この画像は、組織図と同じように白と黒で描かれていますが、
織り組織としての条件をまったく考慮していないので、
このまま織っても、きちんとした生地にならず、傘としては役に立ちません。
次の方法は、織り組織の段階を、7段階から49段階に、一気に増やしたものです。
これはどうでしょうか?
これも、残念ながら失敗です!
変化する織りパターンにクセがあるため、不自然な縞もようのようなものが
出てきてしまいました。
これは特に顕著な例ですが、このようなクセをなくすことは難しいのです。
これでは、きれいな木漏れ日は再現できません。
どうすれば、このクセをなくして自然なグラデーションが表現できるでしょうか?
次は最後の画像、「こもれび」で用いられた組織図です。
この方法では、先ほど紹介した「誤差拡散法」の手法を、
織り組織の変化するパターンにうまく取り入れることで、
段差もクセもない、自然なグラデーションを可能としました。
またこの処理では、ひとつ上の例で見たような、
またこの処理では、ひとつ上の例で見たような、
クセを少なくする工夫もされています。
これが、シケンジョと山梨大学の研究の結果です。
この技術があって、はじめて木漏れ日の影をモチーフにした傘、
「こもれび」が誕生することができました!
「こもれび」は、2018年5月15日(火)に発売開始となり、
5月22日(火)までの1週間、八ヶ岳南麓の八ヶ岳倶楽部にて
展示販売イベントが行われました。
八ヶ岳倶楽部は、俳優の柳生博さんが標高1350mの雑木林を整備してつくった
自然散策路、ギャラリー、レストランからなる観光施設です。
「こもれび」のデザインは、このような山梨の雑木林を
散策するとき、日傘に落ちる木漏れ日のイメージから生まれました。
八ヶ岳倶楽部の木々は、まさにそのイメージにぴったりのたたずまいです。
「こもれび」のデビューの舞台となったのは、その中のギャラリーで開催される
『槇田商店 傘展』の会場でした。
「こもれび」のデザインは、ブナとカエデの2種類。
配色はそれぞれ4色あり、
配色はそれぞれ4色あり、
ブナはライトブルー、グレー、グリーン、カーキ、
カエデはイエロー、ピンク、グリーン、オレンジ、
となっています。
「こもれび」を生み出した、シケンジョ、山梨大学、(株)槙田商店の
『産学官』ネットワークの力はもちろん、
デザインコンセプトにぴったりな八ヶ岳倶楽部という舞台を得たことも追い風になり、
展示販売会は盛況のうちに幕を閉じました。
「こもれび」は、この展示販売会以降も販売を予定していますが、
シケンジョでは、このような成果が生まれるよう、
引き続き技術研究や、商品開発のお手伝いを進めていきたいと思います。
(五十嵐)