2026年6月16日火曜日

甲斐絹のワインが誕生しました!


シケンジョに所蔵される『甲斐絹』の逸品を、
エチケットワインラベル)に配した〈甲斐絹のワイン〉が誕生しました。




〈甲斐絹のワイン〉を生み出したのは共栄堂(室伏ワイナリー)

室伏ワイナリーは、年ごとにテーマを決めてエチケットを制作している山梨市のワイナリーです。これまでのテーマには、甲州印伝、ビスポーク(仕立て屋さん)、建築家、印章などがあります。

今年は甲斐絹がテーマに選ばれ、スタッフやデザイナー、ライターの方々が当センターを訪問して甲斐絹を見学。その結果、今年は四季折々の四種類の甲斐絹をあしらったエチケットが誕生することになりました。

2026年6月現在、既に〈冬〉〈春〉の2種類のエチケットを纏ったワインが生まれ、店頭で並んでいます。

それでは、選んでもらったそれぞれの甲斐絹について、ワインと一緒に紹介していきましょう。

〈冬〉「忠臣蔵〈赤垣源蔵徳利の別れ〉」


この甲斐絹、なんとも不思議な絵です。

掛けられた羽織に向かって、侍が手をついている。その下には並ぶの、逆さになった徳利。

実はこの絵は、〈赤垣源蔵 徳利の別れ〉として知られる『忠臣蔵』の一場面を描いたものです。

赤穂浪士の一人である赤垣源蔵が、討ち入りの前に兄に今生の別れを告げに行った場面です。

ただし訪問先の兄は不在だったので、源蔵は仕方なく兄の羽織を相手にして思い出話を語り、兄に飲ませるはずだった酒を開けて別れの酒杯を傾けます。

甲斐絹の図案に酒を飲むシーン自体は描かれていないけれど、その代わりに、空いて逆さになった徳利が並ぶことで、源蔵がそれを飲んだことが表現されています。


お酒が物語の重要な小道具として活躍するシーンなので、
日本酒とワインという違いはありますが、エチケットになるのにふさわしい作品と言えるでしょう。

これを選んだデザイナーの方は、この甲斐絹の図案のなかでも徳利の並んでいる部分に着目し、そのデザインから抽象表現主義の巨匠とされる美術家、マーク・ロスコの作品を思い起こしたとのことです。

技法としては経糸だけに織機の上で捺染された、絵甲斐絹の絵付け技法で作られています。

甲斐絹の整理番号はE141。西暦 1913 年[ 大正 2 年]に南都留郡で作られた作品です。

〈春〉柳に桜


この作品の、柳の葉桜の反物が描かれた部分がエチケットになっています。

〈柳〉〈桜〉は、実は古今和歌集に収めらえた素性法師のこの歌を下敷きにしたものだとされています。

 見わたせば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける

「錦」というのは、織物の世界では美しい紋織物をさしますが、歌の世界では秋の紅葉を愛でるときに比喩として使われる言葉で、俳句では秋を代表するような季語として用いられるそうです。

この歌では「春の錦」として、柳と桜の色がまるで秋の紅葉のように都を美しく彩っている、という様子が歌われています。

桜を楽しむ「お花見」といえばお酒がつきものですが、平安時代には和歌を詠みあう文化がありました。

このエチケットを纏うワインをお供にお花見をして、千年前の和歌に想いを馳せる、という場面を想像すると、とてもロマンチックです。


この甲斐絹も〈冬〉のエチケット同様に絵甲斐絹の絵付け技法を用いたものです。

甲斐絹の整理番号はE139。西暦 1914 年[ 大正 3 年]に南都留郡の志村作太郎氏によって製作されたとされています。

今年は、このあと〈夏〉〈秋〉の甲斐絹エチケットが予定されています。

ワインが出来上がったら、それらもまたご紹介したいと思います。

(五十嵐)

2026年5月15日金曜日

シケンジョテキの月間閲覧数、最高記録を更新!

シケンジョテキがスタートした2011年8月から、早いものでもう14年8か月が経過しました。
ブログの中でもかなりベテラン、ご長寿ブログの仲間入りをしたと言えると思います。

投稿数は最初のころと比べて少なくなっているものの、まだまだ大勢の方々が、過去の投稿も含めて閲覧してくれるのが励みになっています。

そんな中、統計情報を見てみたところ、先月2026年3月はこの約15年間で最も沢山の人に見てもらえた一か月間だったことが判明しました!




その閲覧数、10209件!まさか約15年目にして、過去最高の注目をいただくことができるとは!

これを記念して、シケンジョテキの歴代閲覧数ランキング、トップ10をご紹介したいと思います!

以下、歴代順位と現時点の累計閲覧数、投稿日とタイトル(リンク付き)です。

【1位】2.43万 2015年  7月  9日 「撚糸」のひみつ

【2位】2.34万 2018年11月  1日 タテの糸とヨコの糸


【10位】 5,453 2013年  6月10日 耳の世界

トップ10の半数が、コロナ禍の2020年に連載した【オンライン織物基礎研修】シリーズからでした。

コロナ禍のなかで実施できなかった、対面の織物基礎研修の代わりに、学ぶ内容のダイジェストをまとめたブログです。

噂によると、色々なところで織物の入門編の学習素材として、ご活用いただいているそうです。

新年度を迎え、新しく織物を勉強し始めた方もいらっしゃることと思います。

よろしければぜひご覧ください!

(五十嵐)

2026年4月23日木曜日

求人!シケンジョの仲間を募集します!

山梨県産業技術センターでは、令和9年度の4月から一緒に仕事をする仲間『研究職(デザイン)』『研究職(機械)』を募集します!



大学卒業程度、21~35歳の方(平成3年4月2日から平成17年4月1日までに生まれた者)が基本的な対象となります。
※上記期間以降に生まれた方も対象となる場合があります。詳細は下記リンク先でご確認ください

『研究職』は、山梨県庁の職員、つまり地方公務員の中でも、一般的な『行政職』とは違い、技術系の専門職です。

今回のシケンジョテキでは、そのうち『研究職(デザイン)』について、ご紹介しようと思います。
ちなみに、この原稿を書いている私(五十嵐)も、実は『研究職(デザイン)』の職員です


『研究職(機械)』については、こちらの山梨県職員採用情報サイトインタビュー記事をぜひご覧ください。「研究」業務についてのページもこちらにあります。



私たちの仕事は、「研究」職の名のとおり、デザインに関する研究の他、技術支援、人材育成、情報提供、事業化支援など、技術・デザイン面から地域産業の健全な発展を支えることが使命となります。

今回募集される枠の採用試験は、受付が5月1日(金)~20日(水)、一次試験が6月21日(日)となります。
詳しくは下記のリンクからご覧ください。


令和8年度試験案内(★NEW★ 令和8年5月1日配布開始)

では採用試験合格のあかつきには、どのような仕事が待っているのか、Q&Aで簡単にご説明します


Q. 採用されると、どの部署に配属される?


試験に合格し、晴れて『研究職(デザイン)』として採用となったあと、働く職場がどこになるかというと、下の図に示したように『山梨県産業技術センター』となります。

現時点では『研究職(デザイン)』の職員がいるのは、甲府の『デザイン技術部』と、富士吉田の『繊維技術部』の2か所があり、基本的にはこのどちらかになります。


Q.この仕事を選ぶとどんな良いことがある?


◆研究者として


まず4年制大学卒業ですぐに「プロの研究者」になれる職場は、とても珍しいです。「研究職」という職名のとおり、「デザインの研究を仕事にしたい」という人には近道と言えるでしょう。

また「地域産業振興」の拠点であることから、地域産業との接点が非常に大きいです。伝統ある地域産業から先端産業まで、さまざまな産業の職人や経営者の方々と一緒にものづくりの研究ができる環境は、大学等の研究機関よりも魅力的な面と言えると思います。

産業技術センターの内部を見ても、食品、化学、機械、金属、電子など、様々な先端技術のエキスパートの部署がコンパクトにまとまった職場ですので、すぐそばに多種多様な専門家がいる環境です。

異分野の専門家同士と学び合いコラボすることで、「デザイン+〇〇」という相乗効果を生かしやすい環境だと思います。

そして人材だけでなく、様々な加工機、試験機にアクセスできる仕事だということも大きな魅力です。デザイン技術部では、ハイエンドな3Dスキャナー3Dプリンター、繊維技術部では本格的な電子ジャカード織機など、かなり高価な装置も保有しています。産業技術センター全体では、さらに多種多様な装置があります。

産業技術センターが保有する加工機、試験機の装置、作れるもののバリエーションの広さを考えると、山梨県のものづくり産業全体の縮図のような存在ですので、その気になればどんなものでも作れる可能性がある職場と言うことができます。



◆デザインの専門職として


デザインの専門職とはいえ、具体的なデザインワークが求められる場面は必ずしも多くありません。地元の民間デザイン業と競合することなく、デザイナーやクリエイターの方々と協力しあい、役割分担しながら仕事をするスタイルです。

ですので、絵を描くことやデザインワークが苦手だけど、デザインに関わりたいという方でも問題なく活躍できる職場と言うことができるでしょう。もちろんデザインワークが得意な方はそれを活かせる場面もありえます。

「地方公務員」というと、ちょっと堅い仕事に聞こえるかもしれませんが、創意工夫次第によっては、(このシケンジョテキをお読みの方はご存じかと思いますが)非常に様々なことにチャレンジできる職場だと思います。

たとえば山梨デザインアーカイブという、WEB上のアーカイブを作ったプロジェクトは、「研究」という形態で着手されましたが、デザインの情報インフラを構築し、その後の継続的な運営も行っているものです。「研究」から始まりつつ、それを超えた社会実装までを手掛けた事例と言えます。

下の画像/『山梨デザインアーカイブ』甲府のデザイン技術部で開発されました。山梨の様々なデザイン資源を集約し、デザイン開発に活用できるよう整備されています。



それだけでなく、このブログ、シケンジョテキもそうですし、やまなしハタオリ産地バスツアーなども、上司からやれと言われたものではなく、担当者の「やってみたい」という発意から生まれたものです。

あなたが思い描いた「こういうものがあったらいい」というビジョンを、公的資金を活用して実現し、世の中になかったものを創ることのできる仕事、という面もあります。

また、山梨県では最初の図にある『山梨デザインセンター』が2024年に設置され、山梨県出身で世界的に活躍するプロダクトデザイナー、深澤直人さん柴田文江さんをはじめ、ビッグネームが名を連ねており、様々なプロジェクトが進められています。

今回の配属先となる『山梨県産業技術センター』は、所属する部局が違いますが、「兼務」による人事交流もあり、また具体的な仕事でも関わることがあります。世界的デザイナーと一緒に仕事ができる可能性があるのは、大きな魅力ではないでしょうか。

また富士吉田の繊維技術部では、シケンジョテキでもおなじみの様々なプロジェクト、フジヤマテキスタイルプロジェクトハタオリマチフェスティバルFUJI TEXTILE WEEK、などが地元で行われており、多方面のデザイナー、クリエイター、専門家たちと一緒に協力して、地域産業文化を盛り上げていく活動に参画できます。

自分の専門性を活かし、魅力的なプレイヤーたちと協力しながら、地域が新しく生まれ変わっていく場面を見届けられるのは、地域に根差した『山梨県産業技術センター』ならではの仕事の魅力と言えるでしょう。



Q.デザイン開発の事例にはどんなものがある?


仕事の中から生まれた新しいプロダクトや素材について、いくつかの具体的な事例を簡単にご紹介します。

ほうとう鍋の「ぐつぐつ」。
甲府のデザイン技術部で開発されました。
2025年グッドデザイン賞を受賞しています。今秋発売が予定されています。

甲府のデザイン技術部で開発された素材、ニホンジカの皮革を真っ白に加工する技術開発から生まれたシリーズ。甲州印伝の技法とともに様々な商品化が進んでいます。


デジタルジャカード技術の開発とそれを活用した商品化
富士吉田の繊維技術部で開発されました。シケンジョテキでも過去に何回かご紹介している技術です。

2018年5月24日 こもれび誕生!
2021年6月25日 『星降る森』誕生!


やる気次第で様々な可能性がある職場だということがお分かりいただけたでしょうか?

これまでの歴史を受け継ぎ、新しい山梨の時代を切り開いていく意欲ある方、ぜひお待ちしています!


(五十嵐)

2026年3月18日水曜日

ハタオリトラベル in タイ王国:タイの織機のしくみ編

ハタオリトラベル in タイ王国シリーズ第3回、今回タイの織機のしくみ編をお送りします!


前回お伝えしたタイの織物や織機のなかには、どうやって手織りでこれを作っているのか?
どういう仕組みでこの織機は柄を出すのか?という疑問が渦巻くものがありました。

今回はその仕組みを解説する回となります。

解説の内容は、帰国後にタイ語のサイトを調べて勉強したり、またタイでお世話になったTHTIJeabさんとSNSでやり取りを続けるなかで、タイの織物の専門家であるサナン先生(タイ語で言うとอ.สนั่น=アージャーン・サナン)を紹介していただき、たくさんの質問をさせていただき、教えてもらった知識がもとになっています。この場を借りてJeabさん、サナン先生に改めて心よりお礼を申し上げます。(※「อ.」は「อาจารย์/Ajarn」の略)

今回取り上げる織機は、タイで見た二種類の紋織用の手織り機です。

ひとつ目はノンブアランプー県のKhwanta社で拝見した、こちらの写真の紋織り織機。


ありえないような数の綜絖が並んでいて、これを見た時は驚かされました。足元の踏み木の本数の多さも、いままで見たことがないレベル!

こんなにたくさんの踏み木のなかから、次にどれを踏んだらいいのか、どうやったら分かるのでしょうか…?

このように沢山の綜絖が水平に並んだタイプの織機を、ここでは仮に『水平型』と名付けたいと思います。

この織機で織った生地をクローズアップして見ると、紋織りの模様が、緯糸を浮かせた組織で織り出されています。



もう一つは、イサーン・テキスタイル・ミュージアムに展示されていた、世界最大の1775本の綜絖を備えた紋織りの織機です。


知っている綜絖の形とは全然違う、膨大なヨコ棒が縦方向に積み上がるように並んだ綜絖これがどうやって使われるのか、ちょっと見ただけではさっぱり分かりません。

このタイプの垂直方向に綜絖が積み上がった織機を、仮に『垂直型』と名付けたいと思います。


この織機を使って織られた生地です。手織りとはとても思えないような複雑な柄が織り出されています。この幅の総柄を織るのは、機械式のジャカード織機でも大変なレベルです。


『水平型』紋織機のしくみ


まずは『水平型』の紋織機について見ていきましょう。まずはじめに、各部の名称についてタイ語で何と呼ぶかからご紹介します。


この織機の綜絖には、平織用の綜絖「タコーラーイカッド(ตะกอลายขัด)」と、紋織用の綜絖「タコードーク(ตะกอดอก)」の二つがあり、平織用のタコーラーイカッドが奥に、紋織用綜絖のタコードークが手前に配置されています。紋織用タコードークは、この写真では約30枚あり、この写真の工場Khwanta社では最大35枚のタコードークが使われるそうです。

タコードークの語源は、タコー(ตะกอ/綜絖)+ドーク(ดอก/花)で、いわば「花を織り出す綜絖」。沖縄の伝統織物でも、文様を織り出す手織りを「花織」といい、琉球花織読谷山花織のように呼ばれているのと共通した言語表現になっています。

タコードークのほか、
タコーローイ(ตะกอลอย/浮き綜絖 )、カオフェム(เขาฟืม/筬(のように密な?)綜絖)、カオトゥブ(เขาทึบ/密な綜絖)などの呼び名があり、タイの各地方で様々な用語のばらつきがあるそうです。

そして問題は、「こんなにたくさんの綜絖をどうやったら踏み分けられるのか?」という謎です。日本で目にする手織機の踏み木は、普通は2本~6本、多くても十数本です。30本以上もの踏み木が並んでいて、どうやったら一つ一つ狙いを定めて踏み分けられるのでしょうか?

その答えは、「踏み分ける必要はない。並んだ順番で踏むだけ」というものでした!
たしかに沢山あるなかから選んで踏むことは難しくても、踏み木の右隣、または左隣に順番に踏んでいくことならできそうです。

次に浮かぶ疑問は、「それでどうやって柄が織れるのか?」だと思いますが、その答えは…

日本でふだん目にする織機では、経糸は綜絖に規則正しく順番通り(「順通し」と呼ばれるのが基本)に通されるのが普通ですが、それはさまざまな織り方に対応できるようにするためです。

一方、タイの『水平型』手織機では、紋織用のタコードークは、特定の柄を織るために作られていて、基本的に綜絖の踏み木は並んだ順番どおりに踏んで行けば柄が出るようになっています。

下の図では、6枚のタコードークでその仕組みを図解してみました。
図のなかの組織図にあるような柄を織るために、経糸は6枚の綜絖に柄に応じた複雑な通し方がされています。




準備をするのは大変ですが、織る人は1、2、3、4、5、6、と順番に踏むだけで、柄を織ることができます。1、2、3、4、5、6、のあとは、5、4、3、2、1と逆に踏んで行けば、上下対称の柄を織ることができます。

これが、踏み木を並んだ順に踏むだけで柄が出せる理由です。

下の図では、もっとたくさんの踏み木を、柄A、柄Bのグループごとに準備したときのイメージを示しています。

この図のように、柄A、柄Bのタコードークを切り替えて使うことで、複雑なボーダー柄を作ることもできると考えられます。

日本で目にする織機は、様々な柄を織れることを優先するために経糸と綜絖の仕掛けをシンプルな順通しなどにすることが多いですが、タイの『水平型』紋織機では、特定の柄に限定するのと引き換えに、複雑な柄を簡単に織れるように進化した技術だということができると思います。

※もちろん日本でも、特定の柄を織るために沢山の綜絖に特殊な通し方をすることは多々ありますが、それはパンチカードや紋栓で記録され、自動的に織ることができる機械式織機で行われるものが主であり、手織りではこれほど沢山の綜絖を使うことはないと思います。

柄を変えるたびに紋織用タコードークを準備するのはものすごく大変かと思われますが、おそらく伝統の定番柄を長く織り続けるような場合が多く、そうするとめったに綜絖通しをしなくても良いので、きっとそれほど問題にならないのでしょう。

ちなみに、紋織用タコードークを準備する作業のことを、ケブタコー(เก็บตะกอ/集める綜絖)、またはケブラーイ(เก็บลาย /集める+模様)などと呼ぶそうです。綜絖を集める模様を集める、という表現がとても面白いと思います。

次に、実際に柄が出るメカニズムを紹介します。
この図では、平織用の綜絖タコーラーイカッドが2枚、紋織用の綜絖タコードークが4枚
の仕掛けで説明します。

上図の左側のように、平織だけを織る場合には、平織用のタコーラーイカッドh1、h2が交互に上下し、紋織用のタコードーク4枚はその動きに追従して上下するだけで、普通に平織りが出来上がります。

上図の右側のように、模様を織る場合には、黒いヨコ矢印で示された緯糸2を織るとき、経糸に着目すると、平織用のタコーラーイカッドh1開口させようとしますが、紋織用のタコードークが踏み木を踏むことで下げられ、紋織用のタコードークによって経糸開口がキャンセルされて、下図のA'のように、平織の経糸が上がるはずの箇所で下げられ、つまり緯糸が浮きます。これは日本の紋織りで「伏せ」と呼ばれるものと同じかと思われます。

続けて緯糸3、4、5を織るときに紋織用のタコードークを下げることで、B’C’D’の箇所で緯糸が浮き、次に逆順でタコードークを下げることで、ダイヤ型の模様が緯糸の浮きで作られます。

以上が、これまでに分かった『水平型』の紋織機で柄を織る仕組みです。

見学させてもらったノンブアランプー県のKhwanta社をはじめ、現代のタイの手織りによる紋織りでは、基本的にこのタイプの織機が使われているようです。

また案内してくれたタイのTHTIの皆さんは、このタイプの紋織のことも英語では「ジャカード」と呼んでいました。ジャカードというと、どうしても垂直方向に経糸を持ち上げて開口するジャカード機構が織機の上に載っかっているイメージがあるので、「あ、この織り方のこともジャカードと言っていたんだ」と気付くまでタイムラグがありました。(日本人向けに分かりやすいよう、そう言ってくれていたのかもしれませんが。)

次は「ジャカード」のイメージにより近い紋織機、『垂直型』のメカニズムをご紹介します。



『垂直型』紋織機のしくみ


イサーン地方、ウドンタニー県にあるウドンタニー・ラーチャバッド大学構内の博物館、イサーン・テキスタイル・ミュージアムで見たこの『垂直型』紋織機の、各パーツの名前からご紹介します。


このタイプの織機は、キートーパーベープタコーヤーウ(กี่ทอผ้าแบบตะกอยาว)、直訳すると「長い綜絖タイプの織機」と呼ばれるそうです。

その言葉を分解すると、キートーパー(กี่ทอผ้า/織機)ベーブ(แบบ/型)タコー(ตะกอ/綜絖) + ヤーウ(ยาว/長い)となります。

ただしベープラーイ(=ベープ(แบบ/型)+ラーイ(ลาย/模様))で「図案」という意味の言葉もあるので、「図案を表現する長い綜絖を持つ織機」というニュアンスがあるかも知れません。

まずこの特徴的な無数の「長い綜絖の束」、タコータムナーオタン(ตะกอตามแนวตั้ง)、直訳すると「縦方向に沿って配置された綜絖拡大してみると、生地の織り柄と似たパターンが見えます。



どうやらこの長い棒状の綜絖タコーヤーウ(ตะกอยาว)には、織り柄が記録されているようです。日本でいうジャカード織機とは異なり、さきほどの『水平型』紋織用の綜絖タコードークと同様に、特定の図案を織るために特化した仕掛けとして作られていることは間違いないようです。

この長い綜絖、タコーヤーウには、ジャカードの通糸のような役割をする糸綜絖が、「タコーヤーウの前後どちらを通っているか」という二値情報として記録されていると思われます。組織図が白と黒の二値情報で織り方を記述するのと同じ原理です。

おそらく、タコーヤーウの前面を通っている糸綜絖を選択的に持ち上げて経糸を開口する、という仕組みであることが推測できます。

さてここで問題となるのは、「記録された情報をどうやって取り出すか?」です。

なぜなら、棒をここから外さなければ、どの経糸を持ち上げなければならないか分からず、外してしまえば、苦労してケブタコー(綜絖を集める)した情報が一回使用しただけで消えてしまうことになり、この複雑さを考えるとそれはあり得ないと思われるからです。タコーヤーウに保存された情報を、どうやって取り出し、また再利用するのでしょうか?

もうひとつの疑問は、「この綜絖:タコーヤーウでどうやって経糸を開口させるのか?」です。
なぜなら、なぜなら、タコーヤーウは経糸に固定されていないようなので、これを上下させるだけでは経糸を開口させることはできなさそうだからです。


それら二つの問いへの答えを、こちらの図で説明したいと思います。
まず上図の1にあるように、棒状の綜絖
タコーヤーウの、一番下の1本を外します。

そうすると、棒に記録された情報、「どの経糸を持ち上げれば良いか」が分かります。

次に、経糸を開口させるための刀のような木の板「マイダープไม้ดาบ)」マイ(ไม้ / 木、棒)+ダープ(ดาบ/ 刀、剣)を使って、経糸を開口させて、緯糸を織り込みます。

タコーヤーウは糸を選ぶことだけに使われ、開口は別の道具、マイダープが担う訳です。

これで、保存された情報が、織物の柄に翻訳されたことになります。

次に、上図の2にあるように、棒状の綜絖タコーヤーウを完全に取り外す前に、どの経糸を持ち上げるかの情報が消えてしまわないよう、選ばれた糸の情報とともにタコーヤーウ織機の下側に移動させます
これで、織機の上側に保存されていた情報が、下側に複製保存されたことになります。

このようにして、タコーヤーウに保存された情報を一本ずつ取り出しながら織り、情報が消えないように織機の下側に保存させながら、織り進めます。

そして上図の3にあるように、タコーヤーウがすべて下側に移動したら、今度は最後に織った「6」のタコーヤーウを外して情報を取り出し、61と逆順に織りながら、今度は織機の上側にタコーヤーウを移動させて、元の場所に情報を保存します。

これで一番最初のステップ、上図の1に戻ることができ、繰り返すことで上下対称の織り柄を繰り返し織ることができます。

この織り方について見ているうちに、特に「記録された情報を取り出して複写する」という点について、あるものに似ていることに気付きました。

それは、生物のDNAです!


DNAでは、上の図のように
複製されるとき、二重螺旋構造がほどかれ、二つのDNAに情報が写し直されます。

またふだんDNAの情報が使われる際には、情報が保存された二重螺旋構造の必要な箇所だけがほどかれて情報を取り出すことができるようになり、mRNAに転写されたのち、目的のタンパク質に翻訳される、という仕組みになっています。

これはセントラルドグマと呼ばれ、分子生物学の基本原理とされています。


タイの『垂直型』紋織機でも、織りの情報が保存されたタコーヤーウという綜絖が1本ずつほどかれて情報が取り出されて、目的の織物組織・紋様に翻訳され、また織機の下側にその情報が保存されます。

タイの伝統織物の知恵と、数十億年の生物進化から生まれた摂理が、同じような仕組みに到達していた!

それに気付いたときには、思わず震えるような感動に襲われました。

この織り方の様子をぜひ動画で見ていただき、皆さんにも感動を味わっていただきたいと思います。

イサーンの博物館で見た『垂直型』と同じような織機が使われているシーンが、YouTube「古代の金糸織物...伝説から生きた芸術遺産へ」という動画で公開されています。

YouTube「古代の金糸織物...伝説から生きた芸術遺産へ」
(ผ้ายกทองโบราณ ...จากตำนาน สู่มรดกศิลป์มีชีวิต)

上記リンク先の動画は、タイの伝統工芸振興を目的とした公的機関「The Sustainable Arts and Crafts Institute of Thailand(SACIT)」YouTubeチャンネル「sacitchannel(@SACICTchannel)」で公開れているものです。

2分35秒から、9分20秒からのあたりで、織る作業が見られます。
一台の織機を4~5人で操作して織っている様子が見られます。


さて次に、ちょっとややこしくて恐縮なのですが、この『垂直型』『水平型』の開口の違いについて見てみましょう。

この両者では、綜絖が垂直か水平かの違いだけでなく、平織用の綜絖タコーラーイカッドと、紋織用の綜絖タコードーク、あるいはタコーヤーウの前後関係が逆になっているという大きな違いがあります。

『水平型』では、平織用の綜絖が奥側にあり、平織を織りながら、紋織用の綜絖が必要に応じて開口をキャンセルする「伏せ」を用いて、ヨコ出しの柄を表現していました。

しかし『垂直型』では、平織用の綜絖が手前側にあるため、平織をキャンセルすることができません。そこで、平織と紋織りを交互に行う方法が採られているのではないかと思われます。

上図の『垂直型』の図解では、紋織りをするとき、開口された赤い経糸が通っている平織用の綜絖h1が、上の方でぐにゃっと曲がっているように描かれています。これは、マイダープの開口に追従している綜絖を表しています。

同じ綜絖h1には、開口されない経糸も通っているはずで、その経糸は青緑の経糸のように、シャトルの下を通っていなければなりません。

ふだん日本の織物産地の工場で見る織機では、同じ綜絖を通る糸同士が、上と下に分かれて開口することはできません。しかし、このタイの織機では、同じ綜絖枠の経糸でも、開口している糸としていない糸が同時に存在して紋様を織り出しているわけです。

これは針金の綜絖ではなく、糸綜絖だからこそ可能となる仕組みではないかと考えられます。



さて、上の写真にあるイサーン・テキスタイル・ミュージアムで見たこの『垂直型』紋織機では、タコーヤーウが連なった「長い綜絖の束」、タコータムナーオタン(ตะกอตามแนวตั้ง)が、前後に何列も並んでいます。

これはおそらく下図の「マルチデザイン型」のように、複数の柄のセットを組み合わせて、より複雑な柄を作ることができるように工夫されているものではないかと思われます。
この他にも、確認はできていませんが上図右のループ型のように、同じ柄を逆向きに折り返さなくても繰り返せるようにした織機もあるのではないかと想像します。

以上が、『垂直型』紋織機、キートーパーベープタコーヤーウでの仕組みについて、これまでに分かったことや、推測できそうなことです。

前回の投稿でご紹介した、ナカー衣料品市場で見たこの複雑な紋織物も、このような『垂直型』、キートーパーベープタコーヤーウで織られた逸品なのではないかと思われます。


今回紹介したイサーンの博物館の織機や、YouTubeのリンクにあるような大規模なものは、
『垂直型』のなかでもかなり特別なものだろうと思われます。

実際の生産現場では、もう少しシンプルな『垂直型』が稼働しているのではないかと想像します。

そしてこの仕組みと同じような機構は、きっとタイだけではなく、日本を含めて世界の色々なところに違った形で伝わり、伝承されているのだと思います。

しかしおそらく今、その多くは失われ、忘れられようとしているのではないでしょうか。

今回、タイでこうした出会えた伝統技術をお伝えしましたが、これによってタイの織物文化の素晴らしさを知ってもらえるだけでなく、気付かずに失われようとしているその他の地域の伝統技術にも光を当て、未来へ伝えていくきっかけになればうれしいです。

なお手織りの技術の表現やタイ語の表現については詳しく調べたつもりですが、専門に研究しているわけではないので、誤りが含まれているかも知れません。説明に間違いなどがありましたら、ご指摘いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

以上で、ハタオリトラベル in タイ王国のシリーズ三部作を終わりたいと思います。

お付き合いいただき、ありがとうございました!