2020年5月25日月曜日

【オンライン織物基礎研修 ⑧】糸の密度~筬羽と打ち込み

前回の「糸の密度」の続編です。

山梨ハタオリ産地では、鯨寸を単位に使ってどのように密度を表しているかを

「筬(おさ)」の説明と合わせて紹介します。


筬(おさ)について


密度の表記には、筬(おさ)の知識が必要になりますので、

まず筬と糸の密度について説明します。

筬は織機にはなくてはならない重要なパーツです。

下の写真のような、シンプルな織機にもついています。
出典:無料の写真素材サイト Pexels より、Tope A.による写真を編集したもの
 https://www.pexels.com/ja-jp/photo/3592348/ (PD)


より現代的な高速自動織機でも、基本的な構造や役割はほとんど同じです。

筬とは、次の写真のように、櫛の歯のように、薄い板状のパーツが

狭い隙間をつくって並んでいるパーツです。

その隙間に、タテ糸が通っています。

隙間を作っている薄い板の一つ一つを、「筬羽(おさは)」と呼びます。




筬は、タテ糸とヨコ糸、両方の密度に深い関係があります。

まず下の図の①をご覧ください。
タテ糸は筬の隙間を通っているので、

織られる生地の幅や、タテ糸の密度は、筬によって決定されます。


また筬は、ヨコ糸をタテ糸の間に通す「緯入れ(よこいれ)」と呼ばれる工程では、

ヨコ糸を運ぶ「シャトル」「レピア」の通り道を支える

レールのような役割も果たします。


次に②をご覧ください。

そして緯入れされたヨコ糸は、「筬打ち」と呼ばれる筬の動きによって

織り手のいる手前方向に押し付けられるようにして、

タテ糸のあいだにしっかりと織り込まれます。

このとき、ヨコ糸の密度を決めているのは、厳密には巻き取り装置ですが、

筬打ちによって、筬もヨコ糸密度に大きく関与しています。

たとえば、筬がヨコ糸を打ち込むときの反動の大小をみて、

織物職人は、ヨコ密度が高すぎないかどうかを判断しています。

ヨコ糸密度が糸の太さに対して高すぎて、タテ糸のあいだにヨコ糸が織り込まれる際の抵抗が強く、
 反動が大きすぎることを「あおる」と表現します。
 あおりすぎると、タテ糸に大きな負担がかかり、糸切れの原因となります。



筬とタテ糸密度


筬羽と筬羽のあいだの隙間を「筬目」といい、

筬目にタテ糸を通す作業を「筬通し」と呼びます。

筬目に通すタテ糸は、1本だけの場合もあれば、複数本の場合もあり、

「2本入れ」「3本入れ」のように表します。

これらのことから、経糸の密度は、

[ 鯨寸あたり筬羽が何枚あるか × 筬目に通すタテ糸は何本入れになっているか ] 

という掛け算で表され、例えば「30羽2本入れ」のように表記をします。

「30羽2本入れ」「60羽1本入れ」は、どちらも「120本/鯨寸」で、

タテ糸の密度としては結果的に同じ値になります。

しかし、織物設計においては、筬の違いが重要な場合があるので、

経糸密度は「筬羽×○本入れ」方式で表現します。

2本入れと1本入れで織りやすさや織上がりの風合いが違ったり、同じ筬羽かどうかが現在稼働中の織機で織れるかどうかの判断材料になったり、などの理由があります。


糸の密度をどう伝えるか


以上のことから、タテ糸とヨコ糸の密度の表記や、

口頭での表現方法が、次のように決まってきます。

たとえば「90羽4本(くじゅっぱ よんほん/くじゅっぱ よつ)」と言ったら、

それは間違いなく「タテ糸の密度」であることを表します。

同様に「打ち込み240」と言ったら、100% 「ヨコ糸の密度」をさしています。


バッタン


これは余談ですが豆知識を紹介します。

筬でヨコ糸を打ち込む動きを担う機構のことを、

山梨ハタオリ産地では「バッタン」と呼びます。(ほかの産地でもそう呼でいるようです)

織物工場ではいつも、バッタン、バッタン、と音がしているので、

もちろん擬音なのだろうと思っていましたが、

英語でも筬打ち装置を「Batten」、「Battern」と呼ぶこともあるそうなので

案外、明治時代に輸入された外来語なのかも知れません。

実情はわかりませんが、検索結果をみると海外では「Beater」の方が一般的なようです。

(五十嵐)


2020年5月19日火曜日

【オンライン織物基礎研修 ⑦】糸の密度

今回は、糸の密度が変化すると、

どんな違いが生まれるのか、に着目しましょう。

密度は、糸の太さ(繊度)と密接な関係があります。


下の図は、山梨ハタオリ産地で作られたいくつかの生地について、

糸の「太さ」「密度」を軸にして、それらの生地をマッピングしたものです。

タテ糸を赤丸●、ヨコ糸を青丸●で示してあります。

たまたま手元にあった生地のデータです。「座布団」「ネクタイ」など
それぞれの品目の代表的な値を示しているとは限りませんのでご了承ください。



「タテとヨコの違い」の回でも、一般的な織物では、

タテ糸が [細・で、ヨコ糸が [・疎] であることを説明しました。


この図のうち下のように点線で囲んだ部分には、図の中のほとんどの織物が含まれていて、

おおよそ青丸●のヨコ糸が左上赤丸●、のタテ糸が右下にあることから、

タテ糸=[細・]ヨコ糸=[・疎]の原則が成り立っていることがわかります。

もちろん、例外もあります。

下の図の点線で囲んだ、
ネルのシャツ地とシルクのオーガンジーでは、

タテ糸とヨコ糸にほぼ違いがないので、「がくっついています。

タテヨコがほぼ同じ理由はそれぞれです。

ネルのシャツ地は、チェック柄のタテ縞とヨコ縞の質感や見え方に

違いが出ないよう配慮した可能性があります。

オーガンジーは、これ以上粗くしたら糸がスリップして動いてしまう限界なので、

タテヨコともに同程度の太さ・密度に保つ必要があったと考えられます。



次の図の点線で囲んだのは、ネクタイです。

タテ糸=[細・]ヨコ糸=[・疎]の原則にのっとっていますが、

他の織物に比べてみると、ヨコ糸も[細・]のエリアにあるので、

ネクタイは、全体的に細い糸で、密に織られている織物だといえるでしょう。

では、ネクタイはなぜそうなのか、想像してみましょう。


ネクタイは、密度が非常に高いので、しっかりした生地になり、

しかも細い糸なので、優美なしなやかさや、繊細な外観を備えています。

ネクタイを結ぶときの手ごたえや重量感、形の整えやすさなどにも、

細い繊度と高い密度が大きく影響していると思われます。


次の図で示したのは、ネクタイとは真逆の、

太い糸を粗く織ったネルのシャツ地です。

(「太い」といっても、この図のなかで相対的に太めですが、一般的には十分細い糸ではあります)

ネクタイと違ったカジュアル感は、太めのスパン糸を使っていることや、

ある程度の丈夫さや厚さ(←糸の太さ)を持ちつつ、

適度な軽さ(←密度の粗さ)実現したところから生まれていると思われます。

※スパン糸…バックナンバー「スパンとフィラメント」参照


次の図では、この中では例外的に、ヨコの密度がかなり高い2つの例を示しています。

これらについては、のちに織物組織の特集で説明するので簡単に書きますが、

目に見える側の緯糸と、裏側に配置されて見えない緯糸がある織物です。

こうした場合、裏側の緯糸の密度が加算されるので、上の図のように

緯糸密度が例外的に高く見えるような結果になります。


このように複数の緯糸があるとき、緯糸は1丁、2丁と数えます。

1丁目(地で見せる用)、2丁目(ポイント用)、3丁目(ロゴ用)のように

違う役割を持った複数の糸が使われる織物を、

ここでは「多丁織物」と表現しています。



ここまで、繊度と密度の組み合わせで、

いろいろな効果があることを見てきました。

ここで、第1回でお見せした「織物設計アプリ」風のビジュアルを

振り返ってみましょう。


「繊度」「タテ糸密度」「ヨコ糸密度」を変化させると、

何が得られるか?を示しています。
ピンク色のグラフ状のスライドを上げていくと、

出来上がる布は、ふわふわした軽いものから、ずっしりと厚いものに変化していきます。

そしてその途中には、無限ともいえるバリエーションが広がっているのです。


第1回の課題で考えてもらった、

「あなたが好きな感じの「白い布」ってどんなもの?」

という布のイメージは、繊度と密度だけでも、

かなり実現できそうだ、ということが分かっていただけたのではないでしょうか。




鯨寸とは?


最後に、鯨寸(約3.78㎝)について解説します。


シケンジョにある物差し。センチ(上)と鯨寸(下)の両用になっている。







かつて、日本で最もメジャーだった長さの単位「尺、寸」は、

厳密にいうと
曲尺(かねじゃく)、曲寸(かねすん)でした。

しかし呉服などの分野では独自の長さの単位があり

それは鯨のヒゲを材料にした物差しを使っていたことから

鯨尺(くじらじゃく)、鯨寸(くじらすん)と称するようになったといわれます。


曲尺と、鯨尺、鯨寸の関係は、次のとおりです。

 曲尺=10/33m(≒0.3030303m)(※1891年度量衡法に基づく)
 鯨尺=曲尺の1尺2部5分に相当(≒0.3787878m)
 鯨寸=鯨尺の1/10≒3.787878cm)

現在、国際的にはメートル法に基づく単位が正統ですが、

国によってはヤード・インチを使うこともあり、

国内でも産地によって鯨寸だけでなく、曲寸を用いるところもあります。

山梨ハタオリ産地は、いまでもほとんど鯨寸が使われています。



インチと鯨寸


鯨寸は、インチのほぼ1.5倍(1.4913...倍)です。

シケンジョでも、新しいジャカード織機の制御はインチですが、

織機についたパーツ「筬」は鯨寸で寸法が刻まれているので、

鯨寸で150の密度は、インチなら100、というように、よく1.5倍の計算をしています。



鯨のヒゲ


物差しに使われたという鯨のヒゲは、

ヒゲといってもプラスチックの塊のような素材で、昔から

釣り竿、コルセット、からくり人形のゼンマイばね、バイオリンの弓など、

様々な工業製品に使われていたそうです。(現在も使われているものも)

ちなみによく間違えられる事例ですが、

バイオリンの弓の、弦にあたる部分は鯨のヒゲではなく、馬のしっぽの毛

鯨のヒゲは持ち手のパーツに使われていたそうです。



(五十嵐)

2020年5月13日水曜日

【オンライン織物基礎研修 ⑥】糸の太さ ~ 絹の「中と片」~

織物基礎研修「糸の太さ」シリーズの後編です。


素材ごとに様々な番手があることをお伝えしました。

もうすでに十分ややこしい内容でしたが…、

後編では、さらにシルクの番手だけにみられる用語、

「中(なか)「片(かた)について解説します!


「21中6本片」(にじゅういち なか ろっぽん かた)、

機屋さんの間では短く「にー いち ろっかた」などと呼ばれますが、

これは、ネクタイのヨコ糸として使われる代表的な番手です。


ここで使われている「中」「片」とは、いったい何のことでしょうか?


「中(なか)」とは?


「中」というのは、ざっくり言うとデニールと同じです。

たとえば、21中は、21デニールの生糸のことを指します。

ならば、なぜデニールを使わないのかというと、次の2つ理由があります。


① 平均値という意味 絹繊維はバラつきがあるのでデニールの平均値を表記する

②「精練」する前の番手という意味 精練前後で太さが変わるので、精練前を表記する


端的にいうとそれだけですが、もっと分かりやすいように説明してみましょう。



まずは平均する意味について。

絹の繊維、シルクフィラメントは、お蚕さんの個体差や

環境の違いによって、太さのばらつきがあります。

またそれだけでなく、一匹のお蚕さんが吐く繭糸の太さも、一定ではありません。

日本の製糸技術, 嶋崎昭典, 繊維学会ファイバー(繊維と工業)Vol.63, No.8(2007)の図1を参考に作成したイメージ図。
この文献での標本データの値が、「へ」の字型のグレーゾーンにほぼ収まっていることを表しています。

始めは細く、2~300mくらいで太さがMAXになり、あとはだんだん細くなります。


長繊維(フィラメント)の糸は、

絹以外はすべて人造繊維なので繊維の太さは一定ですが、

絹の場合だけは太さにバラつきがあるので、

絹だけ、「中」という言葉が「デニールの平均値」という意味で使われるのです。



次に精練についてです。

絹糸は、まずお蚕さんの繭から繭糸(けんし)取り出し、

下図のように、何本かをまとめて1本の糸にします。

図では、代表的な繭7つによる7粒(りゅう)付けの様子を示しています。


「糸」という漢字のもとになった甲骨文字(フキダシ内)は、古代中国の書物『説文解字』『孫氏算経』によれば、「生糸を繰る絵姿」であると記されているそうです。(出典:日本の製糸技術, 嶋崎昭典, 繊維学会ファイバー(繊維と工業)Vol.63, No.8(2007))

繭からとった繭糸をまとめて束ね、糸を作る作業を繰糸(そうし)といい、

できたものを生糸(きいと)と呼びます。「なまいと」と読むこともあります。

*「なま」というときは、まだ精練(せいれん)をしていない、というニュアンスが込められています。


下の図のように、繭糸には、フィブロインという2本で1セットの絹繊維が、

セリシンという糊のような物質に閉じ込められています。


このセリシンを除去して、フィブロインだけにする作業が精練(せいれん)です。

絹の光沢は、セリシンを落としてはじめて現れます。

*精練には、セリシンをわざと残す「半練り」などのバリエーションがあります。
*精練の「練」は糸偏です。製鉄では金編の「精錬」が使われます。



このとき、生糸の重量が25%ほど失われます

デニール値は、0.75倍に軽くなり、21D → 約16Dとなります。

そうすると、2116、どちらのデニールを選ぶかで混乱が生じかねません。

そこで、デニールの数値は精練前の値に統一していることを明記する方法として、

「中」
という単位が使われているわけです。





「片」とはなにか?


「21中6本片」などと使われる「片」は、

番手というよりも、撚り方の分野の言葉です。

撚りについてはバックナンバーをご覧ください。

「撚糸のひみつ」

「単糸/双糸、撚糸、インターレース糸」


絹の場合は、最初の工程である繰糸(そうし)」のとき、

太い糸を作りたい場合であっても、いきなりたくさんの繭から糸を作ることは困難です。


そこで、最初は21中などの細い生糸を作り、

それを何本も合わせて太くするという、2段階の工程が用いられます。


それが、下の図の「片撚り」の部分です。出来上がった糸は、

「単糸」と見分けがつきません。


「単糸と見分けがつかない」と書きましたが、むしろ片撚りというのは、

絹の単糸のことを指している、と思ってもらって良いでしょう。

*「単糸」についてはこちら→「単糸/双糸、撚糸、インターレース糸」


例えば126デニールの単糸は、「126中の単糸」として作られるのではなく

21中の単糸を6本合わせて作られるから「21中6本片」のように表記するのだ、

という風に理解していただければと思います。


「諸撚り」の方は、「撚糸のひみつ」などでこれまでに説明したものと

同じ意味合いなので、特に説明は不要かと思います。


インターネットで絹糸の販売サイトでの商品ラインナップを見てみると、

次のような様々な番手・種類が見つかります。

太いものでは「21中120片」というものもあるようです。




「中」と「片」の解説はこれで終わりです。

この原稿の趣旨は、糸の太さ(番手)の補足説明ですので、絹糸の中でも

最も基本的な長繊維フィラメントシルクについてだけ書きました。


絹糸の種類には、ほかに絹紡糸」「絹紬糸」「玉糸」などがあり、

撚りについても、「駒撚り」「壁撚り」などの種類が他にあります。

さらに勉強したい方は、そのようなキーワードで検索してみてください。



(五十嵐)