エキュート立川で2012年に始まった織物工場グループによるBtoCプロジェクト、ヤマナシハタオリトラベルの最新バージョンといえるイベントショップが、2024年3月7-10日に古巣の立川駅に隣接したショッピングモール GREEN SPRINGSで開催されます。
その名も"BEAT WEAVE"。
BEAT WEAVEの”BEAT”は、第二次大戦後のアメリカで一世を風靡した文学運動やその担い手をさすビート・ジェネレーションに由来するものだそうです。
BEAT WEAVEは「アート」や「文学」、「⾔葉」などさまざまな視点から織物産業を切り取る編集型のマーケットイベントとして企画されています。
店内には織物や産地に関わる詩人の言葉が紹介され、また機屋さんがおススメする本を展示販売するコーナーも設けられるなど、これまでと違った雰囲気になりそうです。
そうした「言葉」に関連して、シケンジョテキで連載中の「文学の中の甲斐絹」シリーズを核とした読み物として「パンクで愛のある織物コラム」を、というオファーがあり、BEAT WEAVEで配られる冊子に掲載するテキストとして『消しゴムとカッター』と題したコラムをシケンジョテキで担当させていただきました。
注)画像はBEAT WEAVE冊子とは関係なくシケンジョテキ用に作成したものです。
忘れかけられていた文学の中の甲斐絹を入口に、織物工場がBEAT WEAVEのような活動をする意義について書いたつもりです。以下、そのテキストを主催者の許可を得て転載しご紹介します。
消しゴムとカッター
宇宙は膨張している。
そんなことは今では小学生でも知っているけれど、百年前までは違った。
同じ状態が永遠に続く定常宇宙論がそれまでずっと信じられていたのだ。
ではどうして膨張していることに気付けたのかというと、周囲の銀河を観測した結果、互いに遠ざかっていることが分ったからだ。
そこから時間軸を逆向きに演繹して生まれたのがビッグバン宇宙論である。
しかし、今から約900億年も経過すると、膨張の加速によって「周囲の銀河」はすべて観測可能な範囲の外に出て見えなくなってしまうという。
もしそのはるか遠い未来に文明が生まれても、彼らはかつて周囲に無数にあった銀河の存在はもちろん、宇宙が膨張していること、ビッグバンのことも知るすべを持たない。
すでに宇宙の歴史は消去され、手が届かなくなってしまうのだ*1。
「忘れようにも思い出せない」と鳳啓助師匠が言ったように(のちにこれをバカボンのパパが引用した)*2、そもそも知らなかった過去は思い出すことができない。
じつは私たちの身の回りにはそういう形而上学的な消しゴムが存在し、忘れたことさえ忘れられてしまった過去がたくさんある*3。
それを思い知らされたのが、2023年の夏のことだった。
インターネットの青空文庫を全文検索可能なAozoraseaerch*4というサービスを使って、山梨県の郡内織物産地のルーツである「甲斐絹(かいき)」について調べたところ、これまで「甲斐絹」の登場する文学作品はわずか数例しか知られていなかったのに、それが一気に55件と約十倍に膨れ上がったのだ*5。
他に見つかったものを含めると、甲斐絹の登場回数は1888~1948年の60年間で64例に上り、新たに発見された作品の著者には太宰治、谷崎潤一郎、正岡子規、石川啄木、北原白秋など、そうそうたる文豪・詩人の名が連なる*6。
それらの作品のなかでは甲斐絹という固有名詞が説明もなしに登場しており、それは大多数の読者がその言葉をすでに知っていたことを示している。
それが60年間も継続していたとすると、甲斐絹は何世代かにわたって日本国民の多くが知っている言葉でありつづけたということだろう。
現代人にとっては「甲斐絹」という単語がもはや見知らぬものだとは分かっていたが*7、社会全体からこれほど壮大に忘却されていたのだということを初めて知って驚かされた。
甲斐絹の忘却をもたらした消しゴムとは、私たちの世代交代がその一つだと考えられる。
ありきたりにも思えるが、その力は強大だ。
甲斐絹が隆盛した明治~大正時代までの時間距離は、およそ四世代分にあたる。
それは新生児から高祖父母までほどの距離だ*8。
たった四世代分さかのぼるだけとはいえ、彼らとその時代について私たちの知っていることは極端に減ってしまう。
たとえば高祖父母まで遡らずとも、自分の曾祖父母の名前を言える人がどれだけいるだろうか。
まるで銀河が観測可能な範囲を超えて遠ざかってしまったのと同じように、彼らの人生のほとんどすべては、文学の中の甲斐絹のように、思い出しようのない忘却の彼方にある*9。
それはもちろん甲斐絹だけでない。
織物というものは常に私たちの身近にありすぎるせいで、かえって忘れ去られてしまったことが非常に多い。
昭和40年代までは洋服は買うものではなく仕立てるものだったこと、かつて百貨店はみな呉服店だったこと、近代以前にはどの集落でも織物を織っていたこと、暮らしのかなりの時間が糸を作ることに費やされていた時代のことを*10。
私たちはどこにでもあったはずの織物の風景を忘却したまま、毎日衣服を着て暮らしている。
このように時間軸上の消しゴムによって失われるものがあるのと同じに、水平方向に私たちに喪失をもたらすカッターがある。
それはコストをカットし、納期を短縮するために開発された生産と流通に関わる文明の諸々である。
そのカッターは時間や手間数をカットするだけでなく、私たちを作る人と使う人に分け、さらに作る人を、紡ぐ人、撚る人、染める人、織る人、縫う人などへと細分化した。
その結果、私たちはみな部分的な存在となった*11。
私たちが店頭で出会うお気に入りの商品は、もはやどこの誰が作ったものか分からないのが当たり前になっているし、そうでなかった時のことを思い出すことも難しい。
人類の歴史上、これがどれほど異様なことなのかさえ、きっともう私たちには分からなくなっている。
私たちがそうしたカッターを手にしたまま未来へ進まなくてはならないのは、仕方のないことなのかもしれない。
しかしたとえ私たちが分割された存在であっても、その前のことを忘れてさえいなければ、もと来た道をたどることができる。
恐ろしいのは、「忘れようにも思い出せない」ことだ。
映画『千と千尋の神隠し』*12で、ハクが自分の本当の名前を思い出せないことで湯婆婆のもとから逃れられずにいたように、私たちは自分の本当の名前を忘れてしまってはいないだろうか。
そんな名前があったことさえ忘却していないだろうか。
私たちはかつてどんな存在だったのか、分割される前の私たちにはどんな時間が流れていたのか、どんな風景が見えていたのか、そこにどんな豊かさがあったのか。
忘れてはいけないことを思い出しながら前へ進むために、ここで打ち鳴らされるのは織機のハタ音だ。
緯糸を経糸のあいだに織り込んだあと、適切な密度になるよう緯糸を生地側に押し込む部品は、英語でBEATER*13とも呼ばれる。
織機のリズムは、人類の原初の暮らしの中で鳴りはじめた最古のBEATのひとつでもある。
富士山の麓に、その音を絶やすことなく響かせている街がある。
そこで作りながら暮らす人々がいる。
そこでは、消しゴムとカッターが手を携えて忘却へと進むこの宇宙で、記憶を未来に伝えるためのBEATが刻まれている。
・ ・ ・ ・ ・
参考文献等
*1 『宇宙に「終わり」はあるのか』吉田伸夫,講談社 (2017/2/15)
銀河後退を示す赤方偏移と同様にビッグバンを支持する観測的証拠である宇宙背景放射も、その頃には放射強度が現在の一兆分の一に弱まっており、発見や観測が事実上不可能になってしまう。
*2 赤塚不二夫公認サイトこれでいいのだ!!/赤塚まんがの「どうしてですか?」88+α個!! https://www.koredeiinoda.net/dousite88
*3 『チェンソーマン』第10巻 藤本タツキ,集英社(2021/1/4)では、チェンソーの悪魔によって歴史や記憶から存在が消去されてしまい、誰も思い出すことができなくなってしまっているものがあることをマキマが指摘する秀逸な描写が思い起こされる。
*4 Aozorasearch 青空文庫全文検索 https://myokoym.net/aozorasearch/
*5 これを甲斐絹ビッグバンと呼びたいくらいである。
*6 ブログ「シケンジョテキ」文学の中の甲斐絹 ①文人たちが書いた甲斐絹
名前を挙げた作家の作品は次のとおり。
太宰治『新樹の言葉』(1939 昭和14)/芥川龍之介『戯作三昧』(1917 大正6)/谷崎潤一郎『少年』(1911 明治44)、『秘密』(1911 明治44)、『蓼喰う虫』(1928
昭和3)/正岡子規『病牀六尺』(1902 明治35)/石川啄木『天鵞絨』(1908 明治41)/北原白秋『思ひ出 抒情小曲集』(1911 明治44)、『桐の花』(1913 大正2)
この中で脚注でも掲載できる素晴らしい作品をひとつ紹介したい。北原白秋『桐の花』のこのような短歌である。「鳴りひびく
心甲斐絹を着るごとし さなりさやさや かかる夕に」
*7 甲斐絹の生産は統計上、太平洋戦争を境に消失している。山梨ではその後、甲斐絹の技術をもとに様々な用途の織物を生産し発展した。
*8 ひと世代を25年として、新生児の誕生から高祖母が生まれた年までを100年として計算した。
*9 そのせいで、せいぜい祖父母や父母の時代に行われていたことを日本古来の伝統だと思い込んだり、本来あるべき姿かのように勘違いする人が多いのは周知の事実である。
*10 『織物の文明史』ヴァージニア・ポストレル/ワゴナー理恵子:訳,青土社(2022/12)
機械式の紡糸機が一般化する前のルネッサンス期のフィレンツェでは、公共空間のベンチで誰もが休めるように、ベンチで糸を紡ぐことが禁止された。それほどまでに、隙あらば糸を紡いで生きていた人々がいたようだ。
*11 山梨の織物産地も分業化が著しいが、近年は細分化された工程を内製化し再統合する動きも生まれ、また産地に消費者を受け入れる活動も盛んだ。これらはアンドロギュノス神話のように、分割されてしまった存在が、もともと一つだった原初の姿に回帰しようとする力が働いているかのようにも見える。
*12 『千と千尋の神隠し』スタジオジブリ 2001.7.20公開 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM 千尋とともにハクの本当の名前が思い出されるシークエンスでは、千尋が自ら紡いだ糸が編み込まれたお守りの髪留めをしていることが示唆深い。銭婆のセリフ「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで」や、「自分の名前を大事にね。」というのも本稿との関連が強く感じられる。
*13 BEATER または BATTEN とも。緯糸を生地側に押し込む道具は筬(おさ)や刀杼(とうひ)、綜絖(そうこう)など織機によって様々だが、自動織機では筬がそれを担い、その機構を日本では「バッタン」とも呼ぶ。日本語のオノマトペにも聞こえるが、前述のように英語でもbatten、フランス語でもbattant、つまりバッタンで、国際的なオノマトペといえるものである。
(『消しゴムとカッター』 以上)
BEAT WEAVEで配布される冊子では、もちろんこのコラムだけでなく、様々な魅力的なコンテンツが掲載される贅沢なものになる予定です。
ぜひ会場に足をお運びください!
富⼠⼭の北麓ハタオリマチ発テキスタイルマーケット
BEAT WEAVE
⽇程:2024年3⽉7⽇(⽊)〜10⽇(⽇)
時間:11:00〜19:00 ※初⽇12:00〜 ※最終⽇〜17:00
会場:GREEN SPRINGS 2F アトリウム 〒190-0014 東京都立川市緑町3番1
主催:富⼠吉⽥織物協同組合
企画制作:装いの庭
冊⼦制作:BEEK
(五十嵐)