2026年3月18日水曜日

ハタオリトラベル in タイ王国:タイの織機のしくみ編

ハタオリトラベル in タイ王国シリーズ第3回、今回タイの織機のしくみ編をお送りします!


前回お伝えしたタイの織物や織機のなかには、どうやって手織りでこれを作っているのか?
どういう仕組みでこの織機は柄を出すのか?という疑問が渦巻くものがありました。

今回はその仕組みを解説する回となります。

解説の内容は、帰国後にタイ語のサイトを調べて勉強したり、またタイでお世話になったTHTIJeabさんとSNSでやり取りを続けるなかで、タイの織物の専門家であるサナン先生(タイ語で言うとอ.สนั่น=アージャーン・サナン)を紹介していただき、たくさんの質問をさせていただき、教えてもらった知識がもとになっています。この場を借りてJeabさん、サナン先生に改めて心よりお礼を申し上げます。(※「อ.」は「อาจารย์/Ajarn」の略)

今回取り上げる織機は、タイで見た二種類の紋織用の手織り機です。

ひとつ目はノンブアランプー県のKhwanta社で拝見した、こちらの写真の紋織り織機。


ありえないような数の綜絖が並んでいて、これを見た時は驚かされました。足元の踏み木の本数の多さも、いままで見たことがないレベル!

こんなにたくさんの踏み木のなかから、次にどれを踏んだらいいのか、どうやったら分かるのでしょうか…?

このように沢山の綜絖が水平に並んだタイプの織機を、ここでは仮に『水平型』と名付けたいと思います。

この織機で織った生地をクローズアップして見ると、紋織りの模様が、緯糸を浮かせた組織で織り出されています。



もう一つは、イサーン・テキスタイル・ミュージアムに展示されていた、世界最大の1775本の綜絖を備えた紋織りの織機です。


知っている綜絖の形とは全然違う、膨大なヨコ棒が縦方向に積み上がるように並んだ綜絖これがどうやって使われるのか、ちょっと見ただけではさっぱり分かりません。

このタイプの垂直方向に綜絖が積み上がった織機を、仮に『垂直型』と名付けたいと思います。


この織機を使って織られた生地です。手織りとはとても思えないような複雑な柄が織り出されています。この幅の総柄を織るのは、機械式のジャカード織機でも大変なレベルです。


『水平型』紋織機のしくみ


まずは『水平型』の紋織機について見ていきましょう。まずはじめに、各部の名称についてタイ語で何と呼ぶかからご紹介します。


この織機の綜絖には、平織用の綜絖「タコーラーイカッド(ตะกอลายขัด)」と、紋織用の綜絖「タコードーク(ตะกอดอก)」の二つがあり、平織用のタコーラーイカッドが奥に、紋織用綜絖のタコードークが手前に配置されています。紋織用タコードークは、この写真では約30枚あり、この写真の工場Khwanta社では最大35枚のタコードークが使われるそうです。

タコードークの語源は、タコー(ตะกอ/綜絖)+ドーク(ดอก/花)で、いわば「花を織り出す綜絖」。沖縄の伝統織物でも、文様を織り出す手織りを「花織」といい、琉球花織読谷山花織のように呼ばれているのと共通した言語表現になっています。

タコードークのほか、
タコーローイ(ตะกอลอย/浮き綜絖 )、カオフェム(เขาฟืม/筬(のように密な?)綜絖)、カオトゥブ(เขาทึบ/密な綜絖)などの呼び名があり、タイの各地方で様々な用語のばらつきがあるそうです。

そして問題は、「こんなにたくさんの綜絖をどうやったら踏み分けられるのか?」という謎です。日本で目にする手織機の踏み木は、普通は2本~6本、多くても十数本です。30本以上もの踏み木が並んでいて、どうやったら一つ一つ狙いを定めて踏み分けられるのでしょうか?

その答えは、「踏み分ける必要はない。並んだ順番で踏むだけ」というものでした!
たしかに沢山あるなかから選んで踏むことは難しくても、踏み木の右隣、または左隣に順番に踏んでいくことならできそうです。

次に浮かぶ疑問は、「それでどうやって柄が織れるのか?」だと思いますが、その答えは…

日本でふだん目にする織機では、経糸は綜絖に規則正しく順番通り(「順通し」と呼ばれるのが基本)に通されるのが普通ですが、それはさまざまな織り方に対応できるようにするためです。

一方、タイの『水平型』手織機では、紋織用のタコードークは、特定の柄を織るために作られていて、基本的に綜絖の踏み木は並んだ順番どおりに踏んで行けば柄が出るようになっています。

下の図では、6枚のタコードークでその仕組みを図解してみました。
図のなかの組織図にあるような柄を織るために、経糸は6枚の綜絖に柄に応じた複雑な通し方がされています。




準備をするのは大変ですが、織る人は1、2、3、4、5、6、と順番に踏むだけで、柄を織ることができます。1、2、3、4、5、6、のあとは、5、4、3、2、1と逆に踏んで行けば、上下対称の柄を織ることができます。

これが、踏み木を並んだ順に踏むだけで柄が出せる理由です。

下の図では、もっとたくさんの踏み木を、柄A、柄Bのグループごとに準備したときのイメージを示しています。

この図のように、柄A、柄Bのタコードークを切り替えて使うことで、複雑なボーダー柄を作ることもできると考えられます。

日本で目にする織機は、様々な柄を織れることを優先するために経糸と綜絖の仕掛けをシンプルな順通しなどにすることが多いですが、タイの『水平型』紋織機では、特定の柄に限定するのと引き換えに、複雑な柄を簡単に織れるように進化した技術だということができると思います。

※もちろん日本でも、特定の柄を織るために沢山の綜絖に特殊な通し方をすることは多々ありますが、それはパンチカードや紋栓で記録され、自動的に織ることができる機械式織機で行われるものが主であり、手織りではこれほど沢山の綜絖を使うことはないと思います。

柄を変えるたびに紋織用タコードークを準備するのはものすごく大変かと思われますが、おそらく伝統の定番柄を長く織り続けるような場合が多く、そうするとめったに綜絖通しをしなくても良いので、きっとそれほど問題にならないのでしょう。

ちなみに、紋織用タコードークを準備する作業のことを、ケブタコー(เก็บตะกอ/集める綜絖)、またはケブラーイ(เก็บลาย /集める+模様)などと呼ぶそうです。綜絖を集める模様を集める、という表現がとても面白いと思います。

次に、実際に柄が出るメカニズムを紹介します。
この図では、平織用の綜絖タコーラーイカッドが2枚、紋織用の綜絖タコードークが4枚
の仕掛けで説明します。

上図の左側のように、平織だけを織る場合には、平織用のタコーラーイカッドh1、h2が交互に上下し、紋織用のタコードーク4枚はその動きに追従して上下するだけで、普通に平織りが出来上がります。

上図の右側のように、模様を織る場合には、黒いヨコ矢印で示された緯糸2を織るとき、経糸に着目すると、平織用のタコーラーイカッドh1開口させようとしますが、紋織用のタコードークが踏み木を踏むことで下げられ、紋織用のタコードークによって経糸開口がキャンセルされて、下図のA'のように、平織の経糸が上がるはずの箇所で下げられ、つまり緯糸が浮きます。これは日本の紋織りで「伏せ」と呼ばれるものと同じかと思われます。

続けて緯糸3、4、5を織るときに紋織用のタコードークを下げることで、B’C’D’の箇所で緯糸が浮き、次に逆順でタコードークを下げることで、ダイヤ型の模様が緯糸の浮きで作られます。

以上が、これまでに分かった『水平型』の紋織機で柄を織る仕組みです。

見学させてもらったノンブアランプー県のKhwanta社をはじめ、現代のタイの手織りによる紋織りでは、基本的にこのタイプの織機が使われているようです。

また案内してくれたタイのTHTIの皆さんは、このタイプの紋織のことも英語では「ジャカード」と呼んでいました。ジャカードというと、どうしても垂直方向に経糸を持ち上げて開口するジャカード機構が織機の上に載っかっているイメージがあるので、「あ、この織り方のこともジャカードと言っていたんだ」と気付くまでタイムラグがありました。(日本人向けに分かりやすいよう、そう言ってくれていたのかもしれませんが。)

次は「ジャカード」のイメージにより近い紋織機、『垂直型』のメカニズムをご紹介します。



『垂直型』紋織機のしくみ


イサーン地方、ウドンタニー県にあるウドンタニー・ラーチャバッド大学構内の博物館、イサーン・テキスタイル・ミュージアムで見たこの『垂直型』紋織機の、各パーツの名前からご紹介します。


このタイプの織機は、キートーパーベープタコーヤーウ(กี่ทอผ้าแบบตะกอยาว)、直訳すると「長い綜絖タイプの織機」と呼ばれるそうです。

その言葉を分解すると、キートーパー(กี่ทอผ้า/織機)ベーブ(แบบ/型)タコー(ตะกอ/綜絖) + ヤーウ(ยาว/長い)となります。

ただしベープラーイ(=ベープ(แบบ/型)+ラーイ(ลาย/模様))で「図案」という意味の言葉もあるので、「図案を表現する長い綜絖を持つ織機」というニュアンスがあるかも知れません。

まずこの特徴的な無数の「長い綜絖の束」、タコータムナーオタン(ตะกอตามแนวตั้ง)、直訳すると「縦方向に沿って配置された綜絖拡大してみると、生地の織り柄と似たパターンが見えます。




どうやらこの長い棒状の綜絖タコーヤーウ(ตะกอยาว)には、織り柄が記録されているようです。日本でいうジャカード織機とは異なり、さきほどの『水平型』紋織用の綜絖タコードークと同様に、特定の図案を織るために特化した仕掛けとして作られていることは間違いないようです。

この長い綜絖、タコーヤーウには、ジャカードの通糸のような役割をする糸綜絖が、「タコーヤーウの前後どちらを通っているか」という二値情報として記録されていると思われます。組織図が白と黒の二値情報で織り方を記述するのと同じ原理です。

おそらく、タコーヤーウの前面を通っている糸綜絖を選択的に持ち上げて経糸を開口する、という仕組みであることが推測できます。

さてここで問題となるのは、「記録された情報をどうやって取り出すか?」です。

なぜなら、棒をここから外さなければ、どの経糸を持ち上げなければならないか分からず、外してしまえば、苦労してケブタコー(綜絖を集める)した情報が一回使用しただけで消えてしまうことになり、この複雑さを考えるとそれはあり得ないと思われるからです。タコーヤーウに保存された情報を、どうやって取り出し、また再利用するのでしょうか?

もうひとつの疑問は、「この綜絖:タコーヤーウでどうやって経糸を開口させるのか?」です。
なぜなら、なぜなら、タコーヤーウは経糸に固定されていないようなので、これを上下させるだけでは経糸を開口させることはできなさそうだからです。


それら二つの問いへの答えを、こちらの図で説明したいと思います。
まず上図の1にあるように、棒状の綜絖
タコーヤーウの、一番下の1本を外します。

そうすると、棒に記録された情報、「どの経糸を持ち上げれば良いか」が分かります。

次に、経糸を開口させるための刀のような木の板「マイダープไม้ดาบ)」マイ(ไม้ / 木、棒)+ダープ(ดาบ/ 刀、剣)を使って、経糸を開口させて、緯糸を織り込みます。

タコーヤーウは糸を選ぶことだけに使われ、開口は別の道具、マイダープが担う訳です。

これで、保存された情報が、織物の柄に翻訳されたことになります。

次に、上図の2にあるように、棒状の綜絖タコーヤーウを完全に取り外す前に、どの経糸を持ち上げるかの情報が消えてしまわないよう、選ばれた糸の情報とともにタコーヤーウ織機の下側に移動させます
これで、織機の上側に保存されていた情報が、下側に複製保存されたことになります。

このようにして、タコーヤーウに保存された情報を一本ずつ取り出しながら織り、情報が消えないように織機の下側に保存させながら、織り進めます。

そして上図の3にあるように、タコーヤーウがすべて下側に移動したら、今度は最後に織った「6」のタコーヤーウを外して情報を取り出し、61と逆順に織りながら、今度は織機の上側にタコーヤーウを移動させて、元の場所に情報を保存します。

これで一番最初のステップ、上図の1に戻ることができ、繰り返すことで上下対称の織り柄を繰り返し織ることができます。

この織り方について見ているうちに、特に「記録された情報を取り出して複写する」という点について、あるものに似ていることに気付きました。

それは、生物のDNAです!


DNAでは、上の図のように
複製されるとき、二重螺旋構造がほどかれ、二つのDNAに情報が写し直されます。

またふだんDNAの情報が使われる際には、情報が保存された二重螺旋構造の必要な箇所だけがほどかれて情報を取り出すことができるようになり、mRNAに転写されたのち、目的のタンパク質に翻訳される、という仕組みになっています。

これはセントラルドグマと呼ばれ、分子生物学の基本原理とされています。


タイの『垂直型』紋織機でも、織りの情報が保存されたタコーヤーウという綜絖が1本ずつほどかれて情報が取り出されて、目的の織物組織・紋様に翻訳され、また織機の下側にその情報が保存されます。

タイの伝統織物の知恵と、数十億年の生物進化から生まれた摂理が、同じような仕組みに到達していた!

それに気付いたときには、思わず震えるような感動に襲われました。

この織り方の様子をぜひ動画で見ていただき、皆さんにも感動を味わっていただきたいと思います。

イサーンの博物館で見た『垂直型』と同じような織機が使われているシーンが、YouTube「古代の金糸織物...伝説から生きた芸術遺産へ」という動画で公開されています。

YouTube「古代の金糸織物...伝説から生きた芸術遺産へ」
(ผ้ายกทองโบราณ ...จากตำนาน สู่มรดกศิลป์มีชีวิต)

上記リンク先の動画は、タイの伝統工芸振興を目的とした公的機関「The Sustainable Arts and Crafts Institute of Thailand(SACIT)」YouTubeチャンネル「sacitchannel(@SACICTchannel)」で公開れているものです。

2分35秒から、9分20秒からのあたりで、織る作業が見られます。
一台の織機を4~5人で操作して織っている様子が見られます。


さて次に、ちょっとややこしくて恐縮なのですが、この『垂直型』『水平型』の開口の違いについて見てみましょう。

この両者では、綜絖が垂直か水平かの違いだけでなく、平織用の綜絖タコーラーイカッドと、紋織用の綜絖タコードーク、あるいはタコーヤーウの前後関係が逆になっているという大きな違いがあります。

『水平型』では、平織用の綜絖が奥側にあり、平織を織りながら、紋織用の綜絖が必要に応じて開口をキャンセルする「伏せ」を用いて、ヨコ出しの柄を表現していました。

しかし『垂直型』では、平織用の綜絖が手前側にあるため、平織をキャンセルすることができません。そこで、平織と紋織りを交互に行う方法が採られているのではないかと思われます。

上図の『垂直型』の図解では、紋織りをするとき、開口された赤い経糸が通っている平織用の綜絖h1が、上の方でぐにゃっと曲がっているように描かれています。これは、マイダープの開口に追従している綜絖を表しています。

同じ綜絖h1には、開口されない経糸も通っているはずで、その経糸は青緑の経糸のように、シャトルの下を通っていなければなりません。

ふだん日本の織物産地の工場で見る織機では、同じ綜絖を通る糸同士が、上と下に分かれて開口することはできません。しかし、このタイの織機では、同じ綜絖枠の経糸でも、開口している糸としていない糸が同時に存在して紋様を織り出しているわけです。

これは針金の綜絖ではなく、糸綜絖だからこそ可能となる仕組みではないかと考えられます。



さて、上の写真にあるイサーン・テキスタイル・ミュージアムで見たこの『垂直型』紋織機では、タコーヤーウが連なった「長い綜絖の束」、タコータムナーオタン(ตะกอตามแนวตั้ง)が、前後に何列も並んでいます。

これはおそらく下図の「マルチデザイン型」のように、複数の柄のセットを組み合わせて、より複雑な柄を作ることができるように工夫されているものではないかと思われます。
この他にも、確認はできていませんが上図右のループ型のように、同じ柄を逆向きに折り返さなくても繰り返せるようにした織機もあるのではないかと想像します。

以上が、『垂直型』紋織機、キートーパーベープタコーヤーウでの仕組みについて、これまでに分かったことや、推測できそうなことです。

前回の投稿でご紹介した、ナカー衣料品市場で見たこの複雑な紋織物も、このような『垂直型』、キートーパーベープタコーヤーウで織られた逸品なのではないかと思われます。


今回紹介したイサーンの博物館の織機や、YouTubeのリンクにあるような大規模なものは、
『垂直型』のなかでもかなり特別なものだろうと思われます。

実際の生産現場では、もう少しシンプルな『垂直型』が稼働しているのではないかと想像します。

そしてこの仕組みと同じような機構は、きっとタイだけではなく、日本を含めて世界の色々なところに違った形で伝わり、伝承されているのだと思います。

しかしおそらく今、その多くは失われ、忘れられようとしているのではないでしょうか。

今回、タイでこうした出会えた伝統技術をお伝えしましたが、これによってタイの織物文化の素晴らしさを知ってもらえるだけでなく、気付かずに失われようとしているその他の地域の伝統技術にも光を当て、未来へ伝えていくきっかけになればうれしいです。

なお手織りの技術の表現やタイ語の表現については詳しく調べたつもりですが、専門に研究しているわけではないので、誤りが含まれているかも知れません。説明に間違いなどがありましたら、ご指摘いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

以上で、ハタオリトラベル in タイ王国のシリーズ三部作を終わりたいと思います。

お付き合いいただき、ありがとうございました!