2021年8月16日月曜日

テキスタイルの生態系/織物工場を植物に例えてみる

今回のシケンジョテキでは、生物の生態系をヒントに、織物工場を植物に例えることで何か新しい見え方ができないかと、いろいろ考えてみようと思います。

生産者と消費者/独立栄養と従属栄養


生態学の分野では、植物は織物工場と同様に「生産者」と呼ばれます。

植物何を生産しているのかというと、光合成、つまり光のエネルギーで無機物を材料にして有機物を生産しています。

私たち動物にはそれができないので、植物のその力に頼って、植物の作る有機物を直接/間接的に取り入れて自分たちの肉体を形作り、また栄養源として生きています。

生物学では、自分で栄養を作れる植物のことを「独立栄養生物(生産者)」
自分では栄養を作れない動物「従属栄養生物(消費者)」と呼びます。

両者の死骸などを分解して無機物に戻す「分解者」は生態系の中で大きな存在ですが、ここではいったん省いて考えます。



いささか乱暴な例えかも知れませんが、上の図のように並べてみると、

素材から布を作れる織物工場(糸づくり含む)は生産者独立栄養生物)

その周りには布に関わるいろいろな仕事があり、布を使って暮らしている私たちは布の消費者(従属栄養生物)であると例えてみます。

我々シケンジョも、元をたどれば織物の生産者の作る布のエネルギーで生きている従属栄養生物のひとつになります。


このアナロジーから考えてみると、布が作れなければ始まらないことがいかにたくさんあるか、そして布を作る能力というのはかけがえのない重要なものなんじゃないか、と思えてきます。

かつてどの村にも機織りの音が響いた時代には、コミュニティはいわば「独立栄養生物」「従属栄養生物」がひとつになった独立性の高いシステム、生態系のような存在でした。そしてそれは、人類の暮らし方として何千年も続いてきたことだったはずです。

それと比べたら、身の回りに織物工場がほとんどない現代の社会は、人間の暮らし方として不自然なことにすら見えてこないでしょうか。

国際的にみると、ファッション産業はあっても、すでに織物工場はほとんど無くなっていて、輸入に頼っているという例の方が、先進国では多数派だといわれています。

織物産地というシステムは、森林の生態系と同じように、一度失われると取り戻すことが難しい存在なのかもしれません。

逆に言えば、たくさんの織物産地、多種多様な織物工場がいまも残っているというのは、豊かな美しい人間の自然が残っている幸福な状態だと言っていいと思います。

だからこそ、人は産地に足をのばして織物工場を見学したり、ハタオリ体験をしたり、ハタオリマチフェスティバルを楽しんだりするのではないでしょうか?


独立性・主体性


さて、「独立栄養生物」という言葉で例えましたが、織物工場は果たしてその言葉どおり独立した存在と言えるでしょうか?

実際には、もちろん織物工場だけが単独で存在することはできず、素材づくりからはじまる大きな生産流通システムの一部として存在しています。

ですが、その「独立」度合いには、いろいろなレベルがあるのではないでしょうか。

植物の作る森林には、完全に自然のままの原生林、人の手も入る自然林、人の手が作った人工林など、言ってみれば様々な「独立」度合いがあります。

ガチャマン時代のような需要超過の時代や、大量消費・大量生産の巨大なシステムが主体となった状況では、織物工場はシステムのごく一部となり、「独立」の度合いは低かったでしょう。

その状態の織物工場を植物例えれば、人工林や、大規模経営の農場の作物のような、むしろシステムに「従属」したパーツ的な存在、という側面が大きかったと思われます。

しかし、織物工場が主体性を持ってものづくりをする側面が大きくなり、大きな外部システムからある程度「独立」することができれば、その姿を植物例えたらそれは自然林、あるいは原生林に近いものではないでしょうか。



人工林
自然林、どちらも美しい風景を見せてくれますが、みなさんはどちらの緑がお好きですか?

個人的には、山梨ハタオリ産地は、小さな工場がそれぞれ個性を生かして主体的にものづくりをすることが成り立つ、バリエーション豊かな自然林のような産地になるといいなと思います。

それには、織物工場それぞれが自らの意思で布を作ることを決め、どんな布を作ろうかと考えて決定できる主体的な生産者となり、またそれを歓迎する環境が実現することが求められるのではないかと思います。



おまけ1:動物なのに独立栄養


ところで、主体的な生産者というと、植物独立栄養の能力と、動物的な意思決定力・行動力を併せ持ったイメージが湧いてきます。それがもし実現できたら、最強の存在になれそうです。

動物なのに「独立栄養生物」という存在。

実はそれは、生物界に実在しています。

光合成が不可能な深海の生態系に住むチューブワームです。

光の届かない深海では光合成ができないので、生産者が活用するエネルギーは、光ではなく化学物質から取り出します。

チューブワームは、体内に共生した化学合成細菌の力で無機物を有機物に変えて生きる動物です。

共生細菌とチューブワームを区別せず一つの生命と見ると、見事に「動物なのに独立栄養生物」を体現した存在です。

チューブワームの住む深海の生態系の中心は、地殻活動により熱水や地殻中の物質が海底から噴き出す、熱水噴出孔です。

この熱と豊かな化学物質のおかげで、光のない暗黒の海底にも生態系が育まれ、それは熱水生物群集などと呼ばれています。

織物工場を考えてみると、環境の力をうまく生かし、独立した主体的な生産者であることというイメージは一種の理想かもしれませんが、自然界でチューブワームという存在が成り立ち、ある意味それを体現し象徴していることが面白く、心強い事例なのではないかと思いました。


おまけ2:地球以外の熱水噴出孔


話は飛びますが惑星探査の結果、こうした熱水噴出孔は地球以外にも存在することが確実と見られています。

その場所は、土星や木星などの周囲をめぐる衛星のような、氷でできた天体の内部です。

下の図は、そんな星の断面図のイメージです。


このように、氷でできた表面の下に、潮汐力による熱で氷が溶けた海が広がっている星が太陽系には数多くあると考えられています。

また、その内部海の海底には、地球と同じように地熱による熱水噴出孔があると考えられています。

なかでも土星の衛星エンケラドスでは、表面の割れ目から海の成分がプルームとなって宇宙空間に噴き出す現象があり、それをNASAの探査機カッシーニが調べたところ、生命誕生に必要な物質が含まれていることまでが分かっています。

Cassini finds molecular hydrogen in the Enceladus plume: Evidence for hydrothermal processes. (Science)

つまりこうした衛星には生命が誕生している可能性が高く、地球外生命体を発見できる場所として非常に期待が高まっているフロンティアとなっています。


ところで下の写真は、富士吉田織物協同組合が発行しているストーリーブック、
『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』です。

物語の舞台は、まさに土星の衛星エンケラドスの内部海にある熱水生態系

そこに住むトコトコという生物が、地球から届いた織物のシャトルに出会ってハタオリを始めるというストーリーの絵本です。




『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』の一場面より


この主人公のトコトコは、チューブワームと同じように動物でありかつ独立栄養生物で、エサを探して食べなくても良いので時間に余裕があり、好奇心を満たすためにトコトコ歩いているという設定です。

主人公トコトコには、生物学的にも「生産者(独立栄養生物)」であり、文字どおり主体的にハタオリをする生産者、という二重の意味が込められています。

興味のある方は、富士山駅のヤマナシハタオリトラベルmill shopで販売されていますので、お越しの際にお求めください。


最後に


冒頭でちらっと書いたように、生態系の重要な担い手「分解者」を今回は省略してしまいました。

実際には、生態系でも生産者独立栄養生物)消費者(従属栄養生物)分解者の3つの要素がサイクルをなしています。(消費者も分解者のひとつであるという見方もあります。)


同じように、テキスタイルの生態系においても、今後はテキスタイルの「分解者」とは何か?どんな形があり得るのか?産地とどんな関係性があり得るのか?という切り口でえることも、とても重要なテーマになってくるのではないでしょうか。

機会があれば、そんなテーマも一緒に考えていけたらと思います。

生態系から宇宙まで、話が広がってしまいましたが、
最後までお付き合いありがとうございました。

(五十嵐)


参考
NATIONAL GEOGRAPHIC/宇宙に生命を探せ!研究者が語るアストロバイオロジー入門
『トコトコとスペースシャットルの宇宙のハタオリトラベル』黒板当番(富士吉田織物協同組合)
・『分解の哲学 ―腐敗と発酵をめぐる思考―』藤原辰史(青土社)