2015年7月9日木曜日

「撚糸」のひみつ

ヤマナシ産地の織物は、風合いの良さ、上質さで知られていますが、

その良さを陰で支えているのが、「撚糸」です。



今日は、糸の撚り、「撚糸」にスポットを当ててご紹介したいと思います。


糸というのは、ふつう撚られた繊維の束でできています。

これに対して、1本だけの繊維でできている釣り糸のような糸は
特別に「モノフィラメント」といいます。

この投稿では、沢山の繊維でできている糸の撚りをテーマに、
撚りにはどのような種類があるのか?
撚ることで繊維はどうなるのか?
特に、上撚り(うわより)と下撚り(したより)(←あとで説明します)の関係は
実際のところ、どうなっているのか?

…ということについて、縮尺を100倍くらいにした糸の模型の写真でご説明したいと思います。



1.S撚り と Z撚り

まず、無撚S撚り と Z撚り での3つをご覧ください。



まったく撚られていない無撚の糸はバラバラになってしまうので、
ふつうはこのままで織ることはできません。


撚りには、S撚りZ撚りの2つの向きがあります。
「S」Z」はなにかの頭文字ではなく、アルファベットの形から来ています。
「S」Z」それぞれの中央にある斜めの線が、糸のねじれと一致しているのがわかりますか?


S撚りは、逆さにしても、反対側から見ても決してZ撚りになることはありませんが、
に映すと、Z撚りと同じになります。

こうした二つの関係は、鏡像対称性をもつ、と表現されます。


S撚り  Z撚り は、英語でも s twistz twist と呼ばれます。


世の中には、糸以外にも、さまざまなS撚りZ撚りがあります。



 DNAは大多数がZ撚り (まぎらわしいことに、「Z-DNA」という種類のDNAはS撚り

 ボルト(ねじ)はほぼすべてがZ撚り

 つる植物の フジはS撚り 、ヤマフジはZ撚り


 床屋さんのサインボード(のらせん)はほぼZ撚り





2.片撚りと諸撚り (かたより と もろより)

繊維の束を、二本合わせて撚るときには、S-Zのほかに、

片撚り諸撚りの2種類の区別が生まれます。


無撚の糸を複数本合わせてから撚ったものが、片撚りです。

下の写真は、片撚りS撚りを示しています。



上の写真では、本の糸を撚り合わせていますが、撚ったあとでは、
本の糸でできていることは分かりません。
これが片撚りです。

たとえば絹糸の「21中6本片(にじゅういち なか ろっぽん かた)」、
略して「21の6片(にいいち の ろっかた)」という糸は、
約21デニールの太さの絹糸が無撚のまま6本合わされてから片撚りされていることを意味しています。

21の6片の糸は、よく調べてみても元々の6本に戻すことは不可能です。
糸の重量を調べて、21中×6本くらいに相当するときに、
「これは21中6本片ではないか?」、と推測ができるだけです。




次の写真は、諸撚りです。




まず、それぞれをZ撚りしたあとで、S撚りにしています。

この場合は、撚ったあとでも、もともと2本の糸でできていることが分かります。


このとき、最初のZ撚り「下撚り」 と呼び、2本合わせて撚ったS撚り「上撚り」と呼びます。




3.下撚りと上撚り (したより と うわより)

一般に、下撚り  「Z」 にしたとき、上撚りは逆に「S」 にします。

同じように、
下撚り  「S」  だったら、上撚り「Z」 です。




ヤマナシ産地では、下撚り  「Z」 上撚り「S」 のことが多いですが、

他の産地では、逆の「S」 「Z] パターンが普通だそうです。



では、下撚り 上撚りも、同じ撚り方だったらどうなるでしょうか?

そこで、「Z」 「S」 ではなく、「Z」  「Z」 で撚ったらどうなるかを実験してみました。



左は通常の「Z」 「S」 ではきれいな二重螺旋になっています。


しかし右側の 「Z」  「Z」 では、捩れて収縮してしまいました。




この結果から、

「Z」  「S」  では、反対側に撚ることでバランスがよくなり、


「Z」  「Z」  では、同じ方向に撚ることで、過剰な撚りが掛かってしまうことが分かりました。





3.下撚りは上撚りで打ち消されるのか?


ここでふと、疑問が生まれました。

2本合わせて上撚り「S」  としたとき、もとの下撚り「Z」  の回転は、どうなっているのでしょうか?



打ち消されて、下撚りが消えてしまっているのか?

あるいは、下撚りは残ったままなのか?



これを調べるために、上撚りと下撚りを同じ撚り数で作った諸撚りの模型を使って、

2本ある下撚り「Z」  の糸のうち、片方の糸をカットする実験をしてみました。



左端の灰色の諸糸は、下撚り[Z]を2本あわせて上撚り「Sで撚って作ったものです。

2本の下撚り[Z]のうち、赤い方の糸をカットしてから抜いてみると、

なんと灰色下撚り[Z]は撚りが消えてなくなり、無撚になっていました(右端)!



拡大してみてみましょう。


確かに、無撚です。

この実験では、下撚り「Z」 を3.5回転、上撚り「S」 も同じ3.5回転で撚りました。


つまり、下撚りと上撚りが同じ回転数のとき

それぞれの下撚りは解撚(かいねん)されてゼロになっていたわけです。


では、下撚り「Z」 の回転はどこへ消えたのでしょうか?





上の写真のように、上撚りをされたとき、

それぞれの下撚りの回転は、じつは互いの二重螺旋の構造に変化しているのです。




変化しただけで失われているわけではないので、

下撚り「Zは、上撚り「Sで打ち消されますが、二重螺旋の形で保存されます。

逆に上撚り「Sを解撚(かいねん)すると、二重螺旋は消えますが、下撚り「Zが再び現れます。





ふつう、上撚りの回転数は、下撚りよりも何割か少なくします。

そうすることで、上撚りをかけたあとも、下撚りが少し残ることになります。



例えば、こんな感じです。

下撚り「Zが900 T/m の糸2本を 上撚り「Sを 600 T/m で撚った場合のイメージです。

(※ T/mは、1メートルあたりの撚り数(Twist)を表す単位です)



このとき、先ほどの実験から、

下撚り「Zは、上撚り「Sによって打ち消されて、300 (= 900 - 600) T/m になる

という計算ができます。


300 (= 900 - 600) T/m の下撚り「Z2本合わせると 600  (= 300 + 300) T/m 。

これは、上撚り「S 600 T/m の二重螺旋とちょうど同じ数になっています。


糸の素材などの条件にもよると思いますが、
おそらく
上撚りと下撚りのバランスは、このようにして成り立っているものと思われます。



4.無撚・甘撚りの糸でできた織物を作るには?

今回の実験では、赤い方の糸をカットして抜くことで、
灰色の無撚の糸 が残る様子を見ることができました。


カットするのではなく、赤い方を水で溶ける水溶性ビニロンの糸にして、
あとで溶かすという方法ではどうでしょうか?

そうすると、あとには無撚の糸が残るはずです。


これが、水溶性ビニロンを一方に使った諸撚りの糸で織り、
あとで片方だけ溶かして無撚(あるいは甘撚り)の糸だけが残った生地を作る、
というテクニックです。




「撚りのひみつ」、いかがだったでしょうか?

今回のシケンジョテキは、シケンジョ職員同士の会話のなかで

「あれ? どうなんだっけ?」という疑問が持ち上がったのがきかっけで

生まれた実験を元にしてお送りしました。






(五十嵐)