2020年8月27日木曜日

【オンライン織物基礎研修 ⑪】ジャカードという名の劇場

前回までお話ししてきたのは、織物組織の持つ効果と役割、

すなわち、「白黒大小」の違いを利用し

「軽重浮沈」の原理にもとづいてヨコ糸やタテ糸を、

浮かせたり、沈ませたりさせることで、織物組織は

見せたい糸を表に出し、見せたくない糸を裏に隠す

という操作ができる、ということでした。



今回は、この操作がまさにドラマチックに行われる織物、

ジャカード織物のお話しをしたいと思います。

今回のテーマは、名付けてジャカードという名の劇場」です

ここではジャカード織機の仕組みがどうなっているのか?」ではなく、

ジャカード織機は「何をする為に生まれた織機なのか?」

という視点でフォーカスを当てていきたいと思います。



ジャカードという名の劇場


それでは、まずこちらをご覧ください。

誰もが一度はその名を聞いたことのある名作「ロミオとジュリエット」

そのストーリーの一部分を抜き出してまとめた図解です。

織物の話はいったん置いておいて、

まずはこのお芝居の場面と、登場人物を紹介します。


※図中のセリフ・文章やイラストは文献等をもとに創作したオリジナルです。


劇作家であるシェイクスピアは、

ロミオとジュリエットの物語を綴るために、上の図のような

いくつもの「場面」を作り上げ、時系列に並べて組み合わせました。

物語全体を通しての主役はもちろん、ロミオとジュリエットですが、

それぞれの場面では、場面ごとの「主役」がいて、

主役を助ける助演の役者もいます。

場面と登場人物を、表形式で整理すると次のようになります。

場面ごとに、その場面の主役となる役者が登場して演技をし、

時間経過とともに、場面と、その場面の主役たちが移り変わっていきます。


芝居はこのように、舞台の上の空間と、時間経過の流れによって、

ひとつの物語を作り上げています。


次に、ジャカード織物の作品を見てみましょう。

山梨ハタオリ産地で生まれた人気ブランド、kichijitsu『GOSHUINノート』

そのなかの松竹梅シリーズの<松>です。

プリントではなく、場所による見える糸の色と織り方の違いで柄が描かれた、

典型的なジャカード織物です。



芝居の「場面」の代わりになるのが、柄の中の「エリア」です。

「エリア」とは、ここでは「松」「鶴」の形をした柄の領域で、

まるで国ごとに塗り分けられた世界地図のように、

その領域内が同一パターンで織られている場所ととらえてください。


このGOSHUINノートでは、「エリア」ごとに、

主役となる糸が次のように変化します。


これらを表形式で整理すると、次のようになります。


このように、各エリアは「ロミオとジュリエット」の場面紹介と

まったく同じ方法で図解ができます。


それぞれの柄のエリアで、主役の糸たちが表からみて一番に目立ち、

助演の糸たちが主役を引き立てるように活躍しているのが、おわかりでしょうか。


このように、ジャカード織物は、

舞台で演じられる芝居に、とてもよく似ています


芝居では、「場面」がいくつも組み合わされて、

ひとつの意味のある「物語」が紡がれます。


織物では、柄「エリア」がいくつも組み合わされて、

ジャカード柄の「テキスタイル」が生まれます。


芝居では、劇作家が「脚本」を書き、

「役者たち」が脚本にもとづいて「物語」を演じます。


織物では、テキスタイルデザイナーや職人が「紋紙」を作り、

「色糸たち」がそれに従って「柄」を描き出しています。


     



上の写真にある、穴の開いたボール紙の束、ジャカード織物の「紋紙」

実はこれは、
芝居の「脚本」と同じ役割を担っているのです。



芝居以外では、交響曲と楽譜、楽器、演奏者などとの比喩もできそうですね。


ちなみに織物設計では、「メートル表」と呼ばれる、

場面ごとの糸の役割を表にまとめた、

さきほどの表とほぼ同じようなものが実際に使われています。



主役を決める白黒大小、軽重浮沈


劇作家が、場面ごとに誰かを主役にするには、脚本のその場面に、

登場人物の名前を書き、主人公に必要な分量、内容のセリフを書きます。


では、テキスタイルデザイナーが、エリアごとの主役の糸を決めるには、

どうすれば良いでしょうか?


その答えが、織物組織の「白黒大小」の違い、「軽重浮沈」の原理です。


あるエリアでそのヨコ糸を主役にしたかったら、

そのエリアではきくてい、い組織を使って、

ヨコ糸をかせれば良いわけです。


タテ糸を主役にしたければ、

今度はきくてっぽい、い組織にして

そのエリアのヨコ糸をませます。


ジャカード織機とは、自由な形状のエリアごとに

こうした操作を可能にするために生まれた織機です。


ヨコ糸1本織るときにも、いくつものエリアがその直線状に並ぶことがあります。

「エリアAでは重い組織、エリアBでは軽い組織、エリアCでは一番軽い組織」、

というように、エリアごとに違う組織を割り当てられるのが、ジャカード織物です。



上の写真は、ジャカード織物の一例です。

画面の横方向が、ヨコ糸の向きになっています。

青いヨコ糸を、横方向(←→)にたどっていくと、

ヨコ糸が浮いているところ、沈んでいるところが

複雑に並んで柄ができているのがわかると思います。


ジャカード織機は、ヨコ糸1本が織り込まれる「ガシャン!」という

一瞬の間に、エリアごとに、こうしたヨコ糸の浮き沈みの違いをもたらす

織物組織を作り出せるのです。



下の写真のジャカード織物をご覧ください。

花びらや葉っぱの模様のそれぞれのエリアで糸たちが

「主役の私を見て!」とばかりに、華やかにその色彩を競い合っているように思えませんか?


まさにドラマチックな糸たちの活躍で、複雑な柄を描き出すのが、ジャカード織物。

「ジャカードという名の劇場」というタイトルに込められた意味が、そこにあります。


芝居では、たった役者一人がいくつもの場面を演じる一人芝居がありますが、

織物と芝居の違いとしては、織物には必ず、タテ糸とヨコ糸という

最低でも二人の役者が必要なことが挙げられます。


また織物は、役者の演技にあたるのは、糸たち相互の位置関係なので、

織り上がったテキスタイル全体のドラマを味わうためには、

一瞬、一目見るだけの短い時間があれば可能です。


しかし芝居では、役者の演技は、動きや声という、

時間経過を伴う情報で作られているので、それを鑑賞するには、

同じだけの上演時間が必要になる、という違いがあるのも面白いところです。


もちろん織物の製造中には、糸たちが相互の位置関係を形作る過程を

時間経過とともに見ることができます。

ぜひこれは工場見学で鑑賞していただきたいと思います。



[補足]ドビー織機で作る織物は?


エリアごとに違う組織を織るジャカード織機に対して、

どの部分でも同じ組織を織るのが、ドビー織機です。

(織機の仕掛けによって違う場合も多々あります)

ジャカード織物が「ロミオとジュリエット」のような芝居に例えられるとしたら、

ドビー織機で織ったものはなんでしょうか?

これ以降の話はちょっと難しいかも知れませんので、[補足]としてお伝えします。



作られた生地がまったくの無地だったり、

「エリア」ごとの織り方の違いがない織物だったら、

それは芝居に例えると、場面転換のない一幕だけの作品といえるかもしれません。


しかし実際には、ドビー織機でも「エリア」ごとに織り方が違う織物、

つまり芝居でいう場面転換のある織物は可能です。

生地をタテ糸方向(↑↓)にたどって行った場合なら、ドビー織機でも

ある地点から別の組織に変えることで、ボーダー状のエリアは簡単に作ることができ、

エリアによって主役や助演の糸が入れ替わる複雑な織物を生み出すことができます。



そういう意味では、ドビーとジャカードに本質的な違いはありませんが、

今回の講座では、より自由な柄でドラマチックな糸の競演を表現するために生まれた

「ジャカード」を中心にしてお伝えしました。



同じ脚本でも、役者が違えば別の作品が生まれるように、

同じ紋紙でも、糸の素材や色が違うと、別のテキスタイルが生まれます。


こんどジャカード織物を手に取る機会があったら、

糸たちが場面ごとにどのように役割を演じているか、

そしてテキスタイルデザイナーが、場面の積み重ねと糸たちの演技をとおして、

どんな物語を伝えようとしているかを、観賞してみてはいかがでしょうか?



(おまけ)『ロミオとジュリエットの』キャラクター達。

せっかく描いたけれど、出番のなかったキャラクターもいたので、

ここにおまけとして載せておきます。

だんだん、織物に使われる糸たちを擬人化したもののように思えてきました。


(五十嵐)

2020年8月13日木曜日

【オンライン織物基礎研修 ⑩】織物組織の「軽重浮沈」

今回のテーマは、名付けて「軽浮沈

前回の「
織物組織の「白黒大小」」に続いて、

織物組織が、
どのようにして出来上がる布の

外観構造をかたちづくるか、その原理を表す言葉です。


これはシケンジョテキの創作用語ですので、

読み方は「けい・じゅう・ふ・ちん」でも「かる・おも・うき・しずみ」でも

どちらでも結構です。

※関連はありませんが、太極拳にも「軽重浮沈」という用語があるようです。



今回説明する「軽浮沈は、織物組織の全てに関係する、

軽い重い浮く沈む、という要素です


軽い重い組織」「ヨコ糸の浮き/沈み」などの言葉は、

織物職人どうしの間では、しょっちゅう会話に出てきます。



まず一般的な、軽・重・浮・沈 のイメージを見てみましょう。

軽いボールは浮く、重いボールは沈む。

当たり前のことを言っている図ですね。

じつは、織物組織にもこれと同じ原理が働いているんです。



軽い組織ではヨコ糸が浮き重い組織ではヨコ糸が沈みます。

これをここでは、織物組織の「軽浮沈」と呼びたいと思います。


でも、糸が浮く、沈むとはいったい、どんな状況を指しているのでしょうか?

だいたい、織物組織が軽い、重いとは、どういうことなのでしょうか?


軽い/重い組織とは?


組織の、
軽い重いの違いのを説明しましょう。

織機は、水平方向に並んだタテ糸を選択的に持ち上げる装置なので、

持ち上げるタテ糸が少なければ、織機にとって軽く、逆に多ければ重くなります。



上の図の右側のようにタテ糸を持ち上げる場所が多い組織は、

 「タテ糸がヨコ糸よりも上になる箇所」=「組織図で黒く表される」

ので、黒っぽい組織となり、そしてそれは、重い組織です。


「白っぽい」
組織は軽く「黒っぽい」組織は重くなります。


職人が一日中、人力で足踏み式の織機で織っていた時代には、

組織が「軽いか/重いか」は、きっと大問題だったはず。

「こんな重い組織、織りたくない!」

「今日の組織は軽くて楽だわぁ~」などの声が飛び交っていたことでしょう。

もちろん現在でも、手機で織っている人には、

組織の軽重は自然な感覚で理解されていると思います。


浮く/沈むとは?


ヨコ糸が
浮く/沈む、というのは、どういうことなのでしょうか?

下の図をご覧ください。

ここでは、ベージュ色のヨコ糸に注目してみましょう。


軽い(白っぽい)組織では、ヨコ糸がタテ糸の上になるので、表面にいて見えます。

重い(黒っぽい)組織では、その逆になるので、裏にんで、見えなくなります。


どのくらい浮くか、沈むかは、その組織が前回説明に使った「白黒大小」図の、

上下方向にどのくらいの位置にあるか、どのくらい軽いか/重いかによって決まります。

ヨコ糸をなるべく浮かせよう/沈ませよう、と思ったら、

組織サイズ(サイクル長)を大きくすれば、軽く/重くなるので、

より浮いたり、沈んだりさせられるようになるというわけです。


ヨコ糸を数種類使うとき


織物では、ヨコ糸を2種類以上使うことがよくあります。

このとき、浮く/沈むの性質は、ヨコ糸同士の関係に現れます。


複数のヨコ糸を使うとき、多くの場合、

それぞれのヨコ糸の役割によって、組織を使い分けます


使い分ける基準は、簡単にいえば、そのヨコ糸を

見せたい浮かせたい)か?、見せたくない沈ませたい)か? です。


次の図では、ヨコ糸が3種類、交互に織られる場合を例に挙げます。

このようなとき、ヨコ糸が「3丁」あるといいます。

このとき、見せたいのはオレンジ色のヨコ糸3、つまり「3丁目」の糸です。

そこで、3丁目はよく浮くように、軽い組織を割り当て、

見せたくないヨコ糸1、2には、重い組織を割り当てます。

このようにして、順番に織っていくと、次のような織物ができあがります。
生地の断面を顕微鏡で見ると、織物組織の軽い=浮く、重い=沈むという関係は、

あたかもボールが水面を基準にして浮いたり沈んだりするイメージどおりに、

ヨコ糸が生地の基準面(波型で示したライン)を境にして、

浮いたり沈んだりする結果に結びついていることが分かります。

別の事例を見てみましょう。

今度は、ヨコ糸のが軽い組織の場合です。
割り当てた組織どおりに、ヨコ糸は軽ければ浮き、重ければ沈んでいるのが分かりますか?

織物組織は、このようにして、

見せたいヨコ糸を見せ、見せたくないヨコ糸を隠す、という力があります。

その力を言葉で表したのが、今回のテーマ、織物組織の「軽浮沈」でした。


では最後に、ここで問題です。

これまではヨコ糸の話ばかりしていましたが、

3丁の織物でタテ糸を見せたいときは

どのような組織を3種類のヨコ糸に割り当てれば良いのでしょうか?

(答えはページの末尾に)


次回は、織物組織の「軽重浮沈」を、場所ごとに使い分ける技、

ジャカード織について説明します。

お楽しみに!


(五十嵐)






(答)
3丁の織物でタテ糸を見せたいときは、
ヨコ糸3丁すべてに、重い組織を割り当てます。
そうすると、ヨコ糸はすべて沈み、タテ糸が浮いた状態になります。




ちなみに、今回紹介した記事の断面図の事例では、
タテ糸が表面に少しだけしか見えていませんでした。

タテ糸に着目してたとき、組織はどうなっていたか、確認してみましょう。

「実際の組織」というところの図を、タテに一列ずつ見てみてください。

どの列も、タテ方向にたどってみると、
白:黒の比率がおおよそ1:2、あるいは2:1になっています。
これは「軽い/重い」の度合いでいうと、
4:1、9:1など、白の比率が非常に高いヨコ糸に比べてみれば
それほど軽くも重くもない、といえる割合です。
だから、タテ糸は全体として、生地の基準面を中心に分布しているのだといえます。

ところで、オレンジ色の生地の事例の中で、もしかしたら注意深い人は
オレンジと黄色のヨコ糸の織物組織の中に、
組織点がない列があることに違和感を感じたかもしれません。
確かにそのような組織は、1丁だけで織れば、交差しないタテ糸が生まれてしまうので
使うことができません。
しかし、心配は無用です。
3丁のヨコ糸それぞれに対応した組織を交互に織ることで、
経糸は別のヨコ糸の上になったり下になったりして、織り込まれます。

以上、補足の解説でした。