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2021年6月25日金曜日

『星降る森』誕生!

2021年6月24日、(株)槙田商店の新商品、晴雨兼用傘『星降る森』が発売され、

八ヶ岳倶楽部(山梨県北杜市大泉町)にて発売記念の展示イベントがスタートしました。

会期は6月29日(火)まで、時間は10:00~17:30(最終日は16時まで)です。



『星降る森』は、シケンジョが山梨大学と共同研究するなかで研究開発したジャカード織の新技術『デジタル・スティーブングラフ』を活用し、この技術ならではのテキスタイル表現とデザイン、槙田商店の大口ジャカード設備と製織技術の粋を尽くして誕生しました。

今回は、『星降る森』の見どころをご紹介します!

新技術『デジタル・スティーブングラフ』




この技術は、およそ百年前にヨーロッパで流行した絵画調の観賞用シルク織物「スティーブングラフ(Stevengraph)」で用いられていた様々な織り方のひとつをデジタル化し、独自技術によりアップデートしたものです。

詳細な原理はさておき、この技術がもたらすメリットは、

 ①白と黒の明暗コントラストがクッキリと出せること(→夜空と星がクッキリ)

 薄くて丈夫な生地にできること(→傘地にもOK)

 ③中間調の繊細なグラデーションが表現できること(→天の川や夕空も描ける)

の3つを兼ね備えたテキスタイルが作れることです。

これによって、満天の星空を傘地の上に描くことができました。



「プリントと何が違うの? 織りでこの柄を表現するメリットは?」

… こういう質問は、先染織物を主体とする山梨ハタオリ産地に良く寄せられます。

わざわざ糸に色を付けて、それを織って柄を出すと、どんな良いことがあるのでしょうか?


その答えの一つが、この『星降る森』で示すことができたのではないかと思います。

次の写真に写っている星をご覧ください。

真っ黒な地組織の上に、ポツンと輝く白い緯糸の星

白い糸の繊維が整然と並び、サテンの光沢で星が描かれています。

傘に当たる光の角度が変化すると、まるで星が空でまたたくように、この明暗コントラストが鮮やかに変化し、星が光る効果。これは、織りでしかできない美しさだと思います。





こうした、経糸、緯糸の繊維の光沢感と、光の角度が生み出す美しさは、通常のジャカード織物でも見ることができます。

下の写真をご覧ください。

同じく槙田商店の傘、スティグ・リンドベリのデザインを先染ジャカードで再現した【HERBARIUM】(ハーバリウム)です。

傘の骨を境に、生地の角度が変わる部分に注目です。その両側で、こんなにも色合いが変化するのです。

くるくると回したときには、色彩や光沢が万華鏡のように移り変わって見える様子が想像できるのではないでしょうか。


『デジタル・スティーブングラフ』では、このような先染織物ならではの「糸の美しさ」を、さらに最大限に引き立てるように設計されています。

さっきの写真に写った白い星は、白い緯糸の光沢感が「24枚繻子(サテン)」という織物組織によって白さが際立っています。白い緯糸が、23本もの経糸を飛び越えて表側にあらわれる織り方です。ほぼ白い糸しか見えず、そこだけが真っ白になっています。

一方、周りの黒い空は、黒い経糸と黒い緯糸が1本おきに交差する「平織り」で織られています。色は「黒+黒」なので真っ黒です。

つまり夜空と星では白と黒の外観の色彩でも、サテンと平織りの組織の緊密さでも、両極端の存在になっているので、そのコントラストや立体感が最大になっているわけです。

さらに、その中間のグラデーションの移り変わりの美しさにも配慮しているので、天の川や夕焼け空の微妙な明るさの変化もしっかりと再現できています。


この夜空と星の表現について考えているうち、ザ・ビートルズのバラード曲『And I Love Her』のなかに、こんな歌詞があるのを思い出しました。

"Bright are the stars that shine, Dark is the sky."
 (Lennon–McCartney,  ©1964 Sony/ATV Music Publishing LLC. )

この表現のニュアンスを自分なりに解釈して日本語に訳せば、

「夜の空はいよいよ暗く、星々をいっそう明るく輝かせる」

といったところになるでしょうか。

まさに『星降る森』に使われた技術とデザインを要約したような歌詞ではないか!と思ってしまいました。



夜空を傘に描いたデザイン


『星降る森』では、プラネタリウムのように、夜空全体が傘の上に描かれています。

星座早見盤のような平面ではなく、ほぼ球面に描かれていることがポイントです。

傘というのは、もともとは平らな生地で作られていますが、広げると半球状の立体になるので、「天球」をそのまま描くことが可能です。

また、プラネタリウムのように半球の内側ではなく、外側に描いていることも特徴です。

360度広がる風景は、わたしたちの眼球の内側の網膜に映し出されるので、プラネタリウムのように球体の内側に投影されるほうが再現としては自然ですが、球の外側に描いたものを外から見ても、パノラマを見ているような体験をすることができます。

その考えに基づいて作った球体上の風景画の例がこちらです。

プラスチックボールにアクリル絵の具で描いたものです。

 
 



『星降る森』では、同じ理屈で空全体が傘に描かれています。

上の球体風景と同様に、傘を回していろいろな角度から見てみると、夜空をぐるりと見回しているのと同じ効果が得られます。

『星降る森』には2柄あります。夕空を描いた『Twilight』、真夜中を描いた『Midnight』です。
それぞれ、夏の夕暮れ、初夏の真夜中の空がモチーフになっています。

夕暮れの『Twilight』では、西の空は日没後のうっすら明るい空で、反対側は天の川が輝く真っ暗な夜空になっています。

実際にくるくると回してそれを横からみると、だんだん日が暮れていくような、またさらに回すと今度は逆に夜が明けて明るくなっていくような、不思議な感覚を味わうことができました。





傘のふちに描かれた風景は山梨の大自然をイメージしています。







内側はこんな感じです。





『星降る森』は、本当の星空をなるべく再現できるよう、実際の星の座標と明るさをもとにして作られています。

欧州宇宙機関の打ち上げた人工衛星ヒッパルコスの観測データをダウンロードし、7等星以上の星、約6,000個をマッピングしたものが用いられています。さらに暗い星を約8万個加えることで、今にも振りそうな星空を表現しています。

肉眼で見える星はデータにもとづいて配置されているので、星座を探すとこの中に44個が含まれることが分かります。







会期中に八ヶ岳倶楽部へお越しいただける方は、ぜひ周りの雑木林から見上げる星空を想像しながら『星降る森』を手にとり、またその他の先染ジャカード織りの傘の美しさを体感してもらえたらうれしいです。








(株)槙田商店『傘展』『星降る森』発売記念展示販売イベント

八ヶ岳倶楽部(山梨県北杜市大泉町西井出8240−259)
*6月24日(木)~6月29日(火)
*10:00~17:30(最終日は16時まで)


(五十嵐)

2021年6月14日月曜日

シケンジョのエントランス展示をリニューアル

シケンジョのエントランス展示、織物コーナーをリニューアルしました。







産地で織られた生地や作られた商品のうち、シケンジョで研究開発した技術を活用したものを紹介するコーナーになりました。


下の写真は、(株)槙田商店から発売されている晴雨兼用傘「こもれび」です。
グラデーションを美しくなめらかにする特許技術が使われています。

くわしくはこちら→バックナンバー「こもれび誕生!」






次の写真は、(株)前田源商店から発売されている「やまなし縄文シルクスカーフ」。
「こもれび」と同じ技術が使われています。

くわしくはこちら→バックナンバー「誕生!やまなし縄文シルクスカーフ」






次は、(株)槙田商店の広幅ジャカード織機を活用し、写真家砺波周平さんの作品を織物にしたものです。

これには、上の2商品とは別の技術、「デジタル・スティーブングラフ」が使われています。
「こもれび」「やまなし縄文シルクスカーフ」は、色彩のなめらかなグラデーションに特化した技術でしたが、「デジタル・スティーブングラフ」では、グラデーションのなめらかさと、白と黒がパッキリと出る明暗コントラストの両立に特化しました。

これは2021年2月~3月に開催された写真展でも展示されましたので、そちらでご覧になった方もいるかもしれません。
その時に並んで展示されていた砺波周平さんの写真プリントも、ハタオリマチフェスティバル実行委員会(富士吉田市)から寄贈していただき、一緒に展示させてもらっています。

くわしくはこちら→バックナンバー写真展『ハタオリマチノヒビ』開催! 








この展示コーナーは、研究成果を活用した新商品が発売されたら、逐次更新していく予定です。

シケンジョに来られたら、ぜひ現物をご覧ください。


(五十嵐)


2021年6月1日火曜日

生地作製時の廃棄部分(捨て耳)と夢の新素材セルロースナノファイバー作製技術によるマテリアル分離-SDGs-

2030年までに、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標SDGsSustainable Development Goalsが話題となっています1)。この取り組みのためには、生産工程での廃棄物発生抑制、ユーザーへのリサイクルやリユースの協力呼びかけ、およびこれらが実際に行われることが不可欠とであると言われています2)これに関して今回、山梨県産業技術センターで取り組んでいる研究開発の一部をご紹介します。

 植物由来のセルロースナノファイバー(CNF)は、循環型社会実現への“夢の新素材”と期待されています。東京大学が画期的なCNFの製法(TEMPO(テンポ)触媒酸化法)を開発し、産学連携により実用化に成功しています3)。この処理技術の凄いところは、加熱処理を必要としないことです。さらに、薬剤も低濃度で触媒再利用も可能であることから、手軽に低コストでセルロース機能化もできることです。一般的には、抗菌性の銀を付与したり、鉛等の有害な重金属を補足するフィルター等への応用例が見られます。

現在、山梨県産業技術センターでは、この技術の和紙・食品・繊維・化粧品等への適用方法を模索しています。 

  山梨のワイン用ブドウ搾りかすから作製したCNF 繊維長約100 nm,繊維幅~約10 nm

 山梨産地で織物生産に使用されている繊維系セルロースには、例えばハンカチのコットンや背広・服裏地のキュプラやレーヨン等があります。キュプラやレーヨン生地に限らず、生地を製造する際には必ず耳と呼ばれる端部分ができます。これらは、通常、燃えるごみとして捨てられる<捨て耳>となります(写真中のゴミ箱参照)。 


(写真:(有)オサカベ提供)

 この捨て耳を、新素材の原料として使用することを考えると、必要なセルロースだけでなく、芯にポリエステル等の化学繊維が入っているため、これらをなんとかして分離しなくては再利用ができないという課題もあります。 

産地での捨て耳量を概算で計算したことがありました。裏地は山梨産地で2位の生産量で、年間約5,400 kgの捨て耳が出ているのではないかと推察していました。これらの捨て耳を有効利用するには、手軽でコストのかからないマテリアルリサイクル方法の提案が必要であると感じていました。

そこで、捨て耳をCNFに変換する等再利用のための基礎実験として、キュプラ等セルロース系繊維を溶解させ、ポリエステルとナイロンを分離する実験を行いました。今回の実験では、TEMPO液を調合し、常温で放置(攪拌するとなお良い)するだけで、実際の裏地製造業からでた捨て耳を処理しました。今回は、キュプラ部分を2時間で完全に溶解させ、綿の一部及び、芯のポリエステル及びナイロン糸を残すことに成功しました。

*条件を調整して綿部分を夢の新素材(CNF)へ変換(極細繊維のため透明度の高い液体に見える)することもできます。

今後、実際の工場で<畑のコンポスト>のように機械から出てくる捨て耳をリアルタイムで処理する実験を予定しています。ご興味のある方はお問い合わせください。

 

実際の工場((有)オサカベ)からいただいた捨て耳、白1色で見分けがつかないが、ポリエステル、ナイロン、コットン、キュプラの4素材が含まれている

処理液投入直後の写真

 

  常温放置1時間後、セルロース系の繊維が溶解し始めている。

TEMPO触媒酸化法での捨て耳処理及び分離後の写真
2時間後、綺麗にマテリアル分離ができました。

 

1) https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

2) https://gooddo.jp/magazine/sdgs_2030/consumption_production_sdgs

3) https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201905np/index.html

 

繊維技術部 製品開発科 上垣

材料・燃料電池技術部 化学・燃料電池科 芦澤