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2020年12月18日金曜日

繊維産地を音楽業界に例えてみる:メジャーとインディーズ

繊維産地の織物工場が、どんな枠組みの中で仕事をしているか、

これからどうしていけばいいかを考えるヒントになればと思い、今回は

音楽業界へのたとえ話 でお話ししてみたいと思います。


ではまず、大規模な メジャー音楽産業 と、インディーズ系 の活動を

比べてみた図をご覧ください。



メジャー音楽産業 の方は、誰もが知っている有名シンガーを中心とした

昔ながらの音楽ビジネスを想定しています。

有名シンガーは、いわゆるメジャーと言われるレコード会社に所属しいる

アーチストですが、楽曲制作や演奏、プロデュース、マネジメント、

プロモーションなど、沢山の専門家たちと集団での活動をしています。



インディーズ系 というのは、一般にメジャーレコード会社に所属していない

ミュージシャンを指しますが、ひとくちにインディーズ系といっても、

趣味レベルからメジャーと同等なレベルまで、さまざまな活動レベルの違いがあります。

ここでは、ほぼ自分たちだけで運営しているバンドを想定しています。


どちらにも共通しているのは、

ファンから直接・間接的に、音源 の対価、演奏 の対価、グッズ の対価を

得ることでビジネスを展開していることです。


違うのは、それらを どのような体制で供給しているか です。

その体制の違いにより、それぞれに メリット・デメリット があります。




メジャー音楽産業 では、大規模なビジネス展開が可能なので、

沢山のファンにアクセスする手段を持っています。

良い音楽を作ったら、すぐにたくさんのファンからその対価を得ることができます。

一方、たくさんの労働者が関わっているため、安定した利益分配ができるよう

大量生産を前提としており、リスクを減らすことが求められるので、

あまり冒険的で自由な創作ができない恐れもあります。


インディーズ系 では、予算規模が少ないので、

沢山のファンに知ってもらうことが非常に困難です。

また関わる人数が少ないので、創作活動にかけられる時間は限られます。

一方で、人数が少ない分、売り上げが比較的少なくても成り立つため、

少数のコアなファンだけを満足させるニッチな音楽を提供し続けることも可能です。

いざとなれば別の仕事(バイトや副業、本業)と並行することで、

利益は少なくとも本当に満足できる音楽だけを追求するバンドもいることでしょう。



それでは、メジャーとインディーズの音楽産業と、

繊維産地の織物工場 を見比べてみましょう。


繊維産地のふつうの織物工場が行う OEM生産 は、音楽産業でいうと

メジャー な大物スターの音楽活動を支える職人的な演奏家に例えられます。

高い技術や安定した品質が求められる厳しい世界ですが、

沢山のファンが求める楽曲にふさわしい、上質で的確な演奏を提供できれば、

仕事は次々にやってくるでしょう


繊維産地が最も繁栄した「ガチャマン」時代は、このたとえ話では

レコードが次から次へと飛ぶように売れ続け、

演奏家がひっぱりだこだった時代だったといえると思います。

(ただし、レコードを買う人が演奏家の名前を知ることはほとんどなかったでしょう)



インディーズ系 のバンドの音楽活動は、繊維産地のたとえ話では、

自社ブランド を展開する活動に相当しているといえるでしょう。

小規模ではあっても、自由な創作活動をし、ファンと直接交流して商品を届けます。

自分たちの世界観に基づき、自分たちの力だけで作った商品で

ファンが喜んでくれたら、きっと最高に幸せなことです。

しかし、自社ブランドを沢山のファンに知ってもらうことは
非常に困難です。

こだわりが明確であればあるだけ、少数の隠れた潜在的なファンを見つける必要があります。

そのための情報発信を含めて、なにもかもを自分たちでこなさなくてはならないので、

音楽活動だけに専念できないというジレンマがあります。

売れればOEM生産よりも取り分(利益率)は多いけれど、それなりの出費が必要です。



さて、ここまでメジャーとインディーズを対比して書いてきましたが、

これらは両極端の例です。実際にはその中間や、両方を併せ持つ立場、

またどちらにも該当しない場合もありうることに留意したいと思います。


これらのたとえ話は、まったく違う業界のことを並べているので、

必ずしも全部は共通しませんが、音楽の世界ではどんな業態があり、

どんな工夫をして危機に対応しているかを観察することで、

参考になるヒントが見つけられるのではないでしょうか?



たとえば、大物バンドが大集合した都市近郊の ロックフェス と、

有名ブランドが揃った都会の 大手百貨店 は、何が同じで、何が違うだろうか...?

昔ながらの百貨店は、ロックフェスというより、紅白歌合戦 だろうか...

上質なインディーズ音源を集めて売っている知る人ぞ知るCDショップは...

インディーズの良質なバンドがたくさん出演する森の中のロックフェスは...

それらは、織物産業でいうと何に相当するだろうか?

B to Cとか、D2Cというのは、音楽業界では何に相当するだろうか?




現在の繊維産地は、CDが売れなくて、ライブもできない状況に似ていると思います。

メジャー音楽産業の仕事が激減しているので、従来の演奏家としての仕事だけでなく

いちミュージシャンとしてライブハウスで演奏活動をしはじめた、

というのに近い工場も多いかもしれません。


そもそも実際にインディーズ活動をしている工場の多くは、

従来から「演奏家」としてOEM生産の仕事を平行しているところがほとんどでしょう。


このようにして、皆さんの身近な織物工場の

今後の「音楽活動」を考えたとき、どんなことが見えてくるでしょうか?



人生に音楽がなくてはならないように、

人の暮らしになくてはならない織物を

誰よりも巧みに作り出せる「ミュージシャン」たち。

こうしたアナロジーの思考実験が

その未来を描くための参考になれば幸いです。


(五十嵐)





2020年10月13日火曜日

【オンライン織物研修 ⑫】三原組織のキャラクター

このシリーズでの織物組織の勉強も4回目になりました。

いよいよ織物組織の基本、三原組織(さんげんそしき)についてご説明します。


織物組織には 平織、綾織(斜文織)、繻子織(朱子織という

3つの基本的なパターンがあり、これらを発展させてあらゆる織物組織が作られています。


できあがる布の風合いや役割は、三原組織のどれを用いるかでも変わります。

どういうときに、どれを使えば、意図する布が作れるのでしょうか?


イメージイラストと言葉で表現してみました。




それぞれのキャラクターが、なんとなくつかめたでしょうか?

図中の注釈にも書きましたが、イラストの手はあくまでイメージです。


三原組織がなぜ3つしかないのか?

なぜこのような性質の違いがあるのか?


それは、組織点の配置の違いに答があります。

下の図の「組織点の隣接」という図をご覧ください。

平織、綾織、繻子織のパターンの違いは、

「■」で示した組織点同士が
どのように隣接しているか?

の違いで定義されると言ってよいでしょう。

この隣接パターンは、基本的には、この3つにしか分類できません。

※厳密にいうと「完全組織の各列・各行に組織点が必ず一つだけあり、またある組織点から次の組織点への距離と方向が一定」という規則性を持った組織ではこの3つだけになります。「破れ斜紋」と呼ばれる組織のように、不規則な配置を持つ組織では、その限りではありません。

※「破れ斜紋」については、こちらに解説があります。


組織点が四方向↖↗↙↘で密に隣接しているのが、平織、

組織点が二方向↗↙あるいは↖↘隣接しているのが、綾織、

組織点がまったく隣接していないのが、繻子織です。

なお、この「隣接」する方向は、組織の基本形である、

「完全組織の各列・各行に組織点が必ず一つだけある」という状態のときのことです。

応用して作られるバリエーション(後述)では、この定義から外れるものがあります。


大きな字で示したという数字は、それぞれのパターンで作られる

最小の繰り返し単位、つまり「完全組織」の大きさを示します。


完全組織については以前にも触れましたが、復習には下記をご覧ください。



三原組織には、という最小の大きさを基本として、

次のように様々なバリエーションがあります。


繻子織は、より小さな完全組織がありません。

ですから織物組織の「白黒大小」でいうと、あまり小さな組織にならず、

大きなゆったり目の組織になります。また、組織点が隣接していないため、

一番最初の図に書いたように「密度を高くできる」という特徴が生まれます。



三原組織は、それぞれの構造の違いによって生まれる性質の違いから、

おおよそ次のような用途に使い分けられています。


さて、また三つ編みさんストレートロングさんが出てきました。

初めて見た、という方はこちらのバックナンバーをご覧ください。


この二人は、出来上がる布の風合いや外観のイメージを表すと同時に、

「丈夫さ」-「美しさ」という対立する性質の象徴でもあります。


特に繻子織は、下の写真にあるシルクサテンのウェディングドレス生地のように、

美しい光沢感が特徴です。




繻子織では、組織点が、互いに隣接していないという特徴から、

密度を高めていくと、タテ糸あるいはヨコ糸のどちらか一方しか見えなくなる、

という効果から生まれます。

そうすると、ストレートロングのサラサラヘアと同じように、

繊維が一方向に並んだ外観となり、光沢感が得られるのです。




ストレートロングヘアに光沢があるのも、繻子織に光沢があるのも、

どちらも繊維が一方向にそろって並んでいることから生まれます。

衝撃に弱く、傷つきやすいのも共通しています。

繻子織について、より詳しく知りたい方はバックナンバー

「サテンのひみつ①」をご覧ください



これまでの研修で見てきた、組織以外の項目でも、

この「丈夫さ」-「美しさ」の選択肢がいくつも出てきました。


現実のテキスタイルデザイン、織物の設計でも、

工程、品質、コストの制約の中で、

「丈夫さ」-「美しさ」どちらを選ぶか?

という決断を、何回もする必要があります。


下の図は、そうした選択を重ねていったら、どんな布が生まれるかという

思考実験を表しています。それぞれどんな布ができるでしょうか?

もちろん、実際のテキスタイルデザイン、織物の設計では、

こうした選択肢はもっとたくさんあり、複雑に絡み合っています。


(注)上の図の斜線はイメージを伝えるために描いたもので、実際の相関関係は考慮していません。



お見せしたものです。

【オンライン織物基礎研修】シリーズでは、

「こんな感じの布がほしい!」というイメージを現実化するために必要な

基本的な要素について、これまで12回にわたって解説してきました。

ここで当初予定していた内容は一区切りとなります。


このシリーズでお伝えできた内容は、

織物設計に必要な知識の基本中の基本の部分にしかすぎませんが、

私のほしい布を作るための道筋が少しでも見えてきた、と思っていただけたら幸いです。


また、こうした様々な要素をコントロールして、なんとか良いものを作ろうとしている

機屋さんやテキスタイルデザイナーの、日々の苦労やノウハウ、

プロセスの複雑さ、大変さが、少しでも伝わったらうれしいです。

ひとまずここまで受講いただき、ありがとうございました。



(五十嵐)

2020年8月27日木曜日

【オンライン織物基礎研修 ⑪】ジャカードという名の劇場

前回までお話ししてきたのは、織物組織の持つ効果と役割、すなわち、「白黒大小」の違いを利用し「軽重浮沈」の原理にもとづいてヨコ糸やタテ糸を、浮かせたり、沈ませたりさせることで、織物組織は

見せたい糸を表に出し、見せたくない糸を裏に隠すという操作ができる、ということでした。

今回は、この操作がまさにドラマチックに行われる織物、ジャカード織物のお話しをしたいと思います。

今回のテーマは、名付けてジャカードという名の劇場」です

ここではジャカード織機の仕組みがどうなっているのか?」ではなく、ジャカード織機は「何をする為に生まれた織機なのか?」

という視点でフォーカスを当てていきたいと思います。


ジャカードという名の劇場


それでは、まずジャカード織物の作品を見てみましょう。

山梨ハタオリ産地で生まれた人気ブランド、kichijitsu『GOSHUINノート』
そのなかの松竹梅シリーズの<松>です。

プリントではなく、場所による見える糸の色と織り方の違いで柄が描かれた、典型的なジャカード織物です。



場所によって織り方を変えることで、柄の中に織り方や見える糸が違う、いくつもの異なる「エリア」の組み合わせが生まれ、それが柄になっています。

「エリア」とは、ここでは「松」「鶴」の形をした柄の領域で、まるで国ごとに塗り分けられた世界地図のように、その領域内が同一パターンで織られている場所ととらえてください。


このGOSHUINノートでは、「エリア」ごとに、主役となる糸が次のように変化します。


これらを表形式で整理すると、次のようになります。



それぞれの柄のエリアで、主役の糸たちが表からみて一番に目立ち、助演の糸たちが主役を引き立てるように活躍しているのが、おわかりでしょうか。



次に、織物の話はいったん置いておいて、誰もが一度はその名を聞いたことのある名作「ロミオとジュリエット」を見てみましょう。

そのストーリーの一部分を抜き出して、場面と登場人物をまとめた図解です。


※図中のセリフ・文章やイラストは文献等をもとに創作したオリジナルです。


劇作家であるシェイクスピアは、ロミオとジュリエットの物語を綴るために、上の図のようないくつもの「場面」を作り上げ、時系列に並べて組み合わせました。

物語全体を通しての主役はもちろん、ロミオとジュリエットですが、それぞれの場面では、場面ごとの「主役」がいて、主役を助ける助演の役者もいます。

「場面」と登場人物を、表形式で整理すると次のようになります。

「場面」、その場面の主役となる役者が登場して演技をし、時間経過とともに、場面と、その場面の主役たちが移り変わっていきます。

こうしてみると、ジャカード織物の「GOSHUINノート」と、芝居の「ロミオとジュリエット」が、まったく同じ形の図解で説明できることがお分かりでしょうか?

芝居では、「場面」がいくつも組み合わされて、ひとつの意味のある「物語」が紡がれます。

織物では、柄「エリア」がいくつも組み合わされて、ジャカード柄の「テキスタイル」が生まれます。

このように、ジャカード織物は、舞台で演じられる芝居に、とてもよく似ています

芝居では、劇作家が「脚本」を書き、「役者たち」が脚本にもとづいて「物語」を演じます。

織物では、テキスタイルデザイナーや職人が「紋紙」を作り、「色糸たち」がそれに従って「柄」を描き出しています。


     



上の写真にある、穴の開いたボール紙の束、ジャカード織物の「紋紙」

実はこれは、
芝居の「脚本」と同じ役割を担っているのです。



芝居以外では、交響曲と楽譜、楽器、演奏者などとの比喩もできそうですね。


ちなみに織物設計では、「メートル表」と呼ばれる、場面ごとの糸の役割を表にまとめた、さきほどの表とほぼ同じようなものが実際に使われています。



主役を決める白黒大小、軽重浮沈


劇作家が、場面ごとに誰かを主役にするには、脚本のその場面に、登場人物の名前を書き、主人公に必要な分量、内容のセリフを書きます。


では、テキスタイルデザイナーが、エリアごとの主役の糸を決めるには、どうすれば良いでしょうか?


その答えが、織物組織の「白黒大小」の違い、「軽重浮沈」の原理です。


あるエリアでそのヨコ糸を主役にしたかったら、そのエリアではきくてい、い組織を使って、ヨコ糸をかせれば良いわけです。


タテ糸を主役にしたければ、今度はきくてっぽい、い組織にしてそのエリアのヨコ糸をませます。


ジャカード織機とは、自由な形状のエリアごとにこうした操作を可能にするために生まれた織機です。


ヨコ糸1本織るときにも、いくつものエリアがその直線状に並ぶことがあります。

「エリアAでは重い組織、エリアBでは軽い組織、エリアCでは一番軽い組織」、というように、エリアごとに違う組織を割り当てられるのが、ジャカード織物です。



上の写真は、ジャカード織物の一例です。

画面の横方向が、ヨコ糸の向きになっています。

青いヨコ糸を、横方向(←→)にたどっていくと、ヨコ糸が浮いているところ、沈んでいるところが複雑に並んで柄ができているのがわかると思います。


ジャカード織機は、ヨコ糸1本が織り込まれる「ガシャン!」という一瞬の間に、エリアごとに、こうしたヨコ糸の浮き沈みの違いをもたらす織物組織を作り出せるのです。



下の写真のジャカード織物をご覧ください。

花びらや葉っぱの模様のそれぞれのエリアで糸たちが「主役の私を見て!」とばかりに、華やかにその色彩を競い合っているように思えませんか?


まさにドラマチックな糸たちの活躍で、複雑な柄を描き出すのが、ジャカード織物。

「ジャカードという名の劇場」というタイトルに込められた意味が、そこにあります。


芝居では、たった役者一人がいくつもの場面を演じる一人芝居がありますが、

織物と芝居の違いとしては、織物には必ず、タテ糸とヨコ糸という
最低でも二人の役者が必要なことが挙げられます。


また織物は、役者の演技にあたるのは、糸たち相互の位置関係なので、織り上がったテキスタイル全体のドラマを味わうためには、一瞬、一目見るだけの短い時間があれば可能です。


しかし芝居では、役者の演技は、動きや声という、時間経過を伴う情報で作られているので、それを鑑賞するには、同じだけの上演時間が必要になる、という違いがあるのも面白いところです。


もちろん織物の製造中には、糸たちが相互の位置関係を形作る過程を時間経過とともに見ることができます。

ぜひこれは工場見学で鑑賞していただきたいと思います。



[補足]ドビー織機で作る織物は?


エリアごとに違う組織を織るジャカード織機に対して、どの部分でも同じ組織を織るのが、ドビー織機です。(織機の仕掛けによって違う場合も多々あります)

ジャカード織物が「ロミオとジュリエット」のような芝居に例えられるとしたら、ドビー織機で織ったものはなんでしょうか?

これ以降の話はちょっと難しいかも知れませんので、[補足]としてお伝えします。



作られた生地がまったくの無地だったり、「エリア」ごとの織り方の違いがない織物だったら、それは芝居に例えると、場面転換のない一幕だけの作品といえるかもしれません。


しかし実際には、ドビー織機でも「エリア」ごとに織り方が違う織物、つまり芝居でいう場面転換のある織物は可能です。

生地をタテ糸方向(↑↓)にたどって行った場合なら、ドビー織機でもある地点から別の組織に変えることで、ボーダー状の「エリア」は簡単に作ることができ、エリアによって主役や助演の糸が入れ替わる複雑な織物を生み出すことができます。



そういう意味では、ドビーとジャカードに本質的な違いはありませんが、今回の講座では、より自由な柄でドラマチックな糸の競演を表現するために生まれた「ジャカード」を中心にしてお伝えしました。



同じ脚本でも、役者が違えば別の作品が生まれるように、同じ紋紙でも、糸の素材や色が違うと、別のテキスタイルが生まれます。


こんどジャカード織物を手に取る機会があったら、糸たちが場面ごとにどのように役割を演じているか、そしてテキスタイルデザイナーが、場面の積み重ねと糸たちの演技をとおして、どんな物語を伝えようとしているかを、観賞してみてはいかがでしょうか?



(おまけ)『ロミオとジュリエットの』キャラクター達。

せっかく描いたけれど、出番のなかったキャラクターもいたので、ここにおまけとして載せておきます。

だんだん、織物に使われる糸たちを擬人化したもののように思えてきました。


(五十嵐)

2020年8月13日木曜日

【オンライン織物基礎研修 ⑩】織物組織の「軽重浮沈」

今回のテーマは、名付けて「軽浮沈

前回の「
織物組織の「白黒大小」」に続いて、

織物組織が、
どのようにして出来上がる布の

外観構造をかたちづくるか、その原理を表す言葉です。


これはシケンジョテキの創作用語ですので、

読み方は「けい・じゅう・ふ・ちん」でも「かる・おも・うき・しずみ」でも

どちらでも結構です。

※関連はありませんが、太極拳にも「軽重浮沈」という用語があるようです。



今回説明する「軽浮沈は、織物組織の全てに関係する、

軽い重い浮く沈む、という要素です


軽い重い組織」「ヨコ糸の浮き/沈み」などの言葉は、

織物職人どうしの間では、しょっちゅう会話に出てきます。



まず一般的な、軽・重・浮・沈 のイメージを見てみましょう。

軽いボールは浮く、重いボールは沈む。

当たり前のことを言っている図ですね。

じつは、織物組織にもこれと同じ原理が働いているんです。



軽い組織ではヨコ糸が浮き重い組織ではヨコ糸が沈みます。

これをここでは、織物組織の「軽浮沈」と呼びたいと思います。


でも、糸が浮く、沈むとはいったい、どんな状況を指しているのでしょうか?

だいたい、織物組織が軽い、重いとは、どういうことなのでしょうか?


軽い/重い組織とは?


組織の、
軽い重いの違いのを説明しましょう。

織機は、水平方向に並んだタテ糸を選択的に持ち上げる装置なので、

持ち上げるタテ糸が少なければ、織機にとって軽く、逆に多ければ重くなります。



上の図の右側のようにタテ糸を持ち上げる場所が多い組織は、

 「タテ糸がヨコ糸よりも上になる箇所」=「組織図で黒く表される」

ので、黒っぽい組織となり、そしてそれは、重い組織です。


「白っぽい」
組織は軽く「黒っぽい」組織は重くなります。


職人が一日中、人力で足踏み式の織機で織っていた時代には、

組織が「軽いか/重いか」は、きっと大問題だったはず。

「こんな重い組織、織りたくない!」

「今日の組織は軽くて楽だわぁ~」などの声が飛び交っていたことでしょう。

もちろん現在でも、手機で織っている人には、

組織の軽重は自然な感覚で理解されていると思います。


浮く/沈むとは?


ヨコ糸が
浮く/沈む、というのは、どういうことなのでしょうか?

下の図をご覧ください。

ここでは、ベージュ色のヨコ糸に注目してみましょう。


軽い(白っぽい)組織では、ヨコ糸がタテ糸の上になるので、表面にいて見えます。

重い(黒っぽい)組織では、その逆になるので、裏にんで、見えなくなります。


どのくらい浮くか、沈むかは、その組織が前回説明に使った「白黒大小」図の、

上下方向にどのくらいの位置にあるか、どのくらい軽いか/重いかによって決まります。

ヨコ糸をなるべく浮かせよう/沈ませよう、と思ったら、

組織サイズ(サイクル長)を大きくすれば、軽く/重くなるので、

より浮いたり、沈んだりさせられるようになるというわけです。


ヨコ糸を数種類使うとき


織物では、ヨコ糸を2種類以上使うことがよくあります。

このとき、浮く/沈むの性質は、ヨコ糸同士の関係に現れます。


複数のヨコ糸を使うとき、多くの場合、

それぞれのヨコ糸の役割によって、組織を使い分けます


使い分ける基準は、簡単にいえば、そのヨコ糸を

見せたい浮かせたい)か?、見せたくない沈ませたい)か? です。


次の図では、ヨコ糸が3種類、交互に織られる場合を例に挙げます。

このようなとき、ヨコ糸が「3丁」あるといいます。

このとき、見せたいのはオレンジ色のヨコ糸3、つまり「3丁目」の糸です。

そこで、3丁目はよく浮くように、軽い組織を割り当て、

見せたくないヨコ糸1、2には、重い組織を割り当てます。

このようにして、順番に織っていくと、次のような織物ができあがります。
生地の断面を顕微鏡で見ると、織物組織の軽い=浮く、重い=沈むという関係は、

あたかもボールが水面を基準にして浮いたり沈んだりするイメージどおりに、

ヨコ糸が生地の基準面(波型で示したライン)を境にして、

浮いたり沈んだりする結果に結びついていることが分かります。

別の事例を見てみましょう。

今度は、ヨコ糸のが軽い組織の場合です。
割り当てた組織どおりに、ヨコ糸は軽ければ浮き、重ければ沈んでいるのが分かりますか?

織物組織は、このようにして、

見せたいヨコ糸を見せ、見せたくないヨコ糸を隠す、という力があります。

その力を言葉で表したのが、今回のテーマ、織物組織の「軽浮沈」でした。


では最後に、ここで問題です。

これまではヨコ糸の話ばかりしていましたが、

3丁の織物でタテ糸を見せたいときは

どのような組織を3種類のヨコ糸に割り当てれば良いのでしょうか?

(答えはページの末尾に)


次回は、織物組織の「軽重浮沈」を、場所ごとに使い分ける技、

ジャカード織について説明します。

お楽しみに!


(五十嵐)






(答)
3丁の織物でタテ糸を見せたいときは、
ヨコ糸3丁すべてに、重い組織を割り当てます。
そうすると、ヨコ糸はすべて沈み、タテ糸が浮いた状態になります。




ちなみに、今回紹介した記事の断面図の事例では、
タテ糸が表面に少しだけしか見えていませんでした。

タテ糸に着目してたとき、組織はどうなっていたか、確認してみましょう。

「実際の組織」というところの図を、タテに一列ずつ見てみてください。

どの列も、タテ方向にたどってみると、
白:黒の比率がおおよそ1:2、あるいは2:1になっています。
これは「軽い/重い」の度合いでいうと、
4:1、9:1など、白の比率が非常に高いヨコ糸に比べてみれば
それほど軽くも重くもない、といえる割合です。
だから、タテ糸は全体として、生地の基準面を中心に分布しているのだといえます。

ところで、オレンジ色の生地の事例の中で、もしかしたら注意深い人は
オレンジと黄色のヨコ糸の織物組織の中に、
組織点がない列があることに違和感を感じたかもしれません。
確かにそのような組織は、1丁だけで織れば、交差しないタテ糸が生まれてしまうので
使うことができません。
しかし、心配は無用です。
3丁のヨコ糸それぞれに対応した組織を交互に織ることで、
経糸は別のヨコ糸の上になったり下になったりして、織り込まれます。

以上、補足の解説でした。