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2014年9月22日月曜日

シケンジョ書庫より ヨーロッパオールドコレクション その①

久々の「シケンジョ書庫より」のコーナー。

シケンジョが創設されたのは1905年(明治38年)です。
最初は「山梨縣工業試験場」という名前でした。


その当時、山梨の織物産地に西欧文明の技術やデザインを取り入れようと、
シケンジョの大先輩がヨーロッパに渡って購入した生地見本が
シケンジョ書庫には眠っています。



これまで、来所されたハタヤさんや研究者の方には
ときどき見ていただいているこの「海外染織見本」ですが、
これから少しずつ、「ヨーロッパオールドコレクション」シリーズとして、
シケンジョテキでもご紹介していきたいと思います。

シケンジョ設立の1905年といえば、ファッションの世界では
まだココ・シャネルCoco Chanel;1883-1971)も最初のアトリエを構えておらず、
マドレーヌ・ヴィオネ(Madelaine Vionnet1876-1975) もまだ修業中でした。
当時活躍していたオートクチュール・デザイナーでは、
ポール・ポワレPaul Poiret1879-1944)が有名です。

ちなみに甲府出身の有名な翻訳家、

村岡花子さん(1893-1968)は、1905年といえば東洋英和女学校に
給費生として入って3年目の頃でした。

それでは、想像の翼を広げて、その頃のヨーロッパを思い浮かべながら、
当時のテキスタイルをご覧下さい。



















いかがでしたでしょうか。

糸の細さ、高い密度、手間のかかった紋意匠(ジャカードデータ作製)…


当時のテキスタイルが、いかに高い価値を持つものだったかが想像できます。



これらのテキスタイルが作られた20世紀初頭は、
山梨にジャカード技術が導入されてまだ間もない頃でした。

その頃の山梨のハタヤさんは、こうした生地を見て、ジャカード織りを学んでいたのでしょう。



では次回をお楽しみに!


(五十嵐)